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おると小さな祭り

作者: 大久保 瞳子

ボクはおる。

そう、「おる」という名前。

ヨークシャーテリアで、11歳だ。

ボクは港のある小さな街で、人間のお父さん、お母さん、飼い主である嫁に行き損ねた姉ちゃんと戸建てに住んでる。


風に夏の生ぬるさと、ウマオイのキィキィした鳴き声の高周波がミックスした夜が続いたころ、夏祭りの日がやってきたのに気がついた。日が暮れてから、お母さんたちが着替えをしだしたからね。


そう、チラシが入ってたんだよ最近。

会場は、メインのとこが徒歩15分くらいの空き地。

日が暮れてからの カラオケ会場で、シリアルナンバーの入ったこのチラシを持って行くと、抽選で、色々なものがもらえる催し物もあるらしいって書いてあった。

へえ、と思ってたら、姉ちゃんが言ったんだ。

「ね、おるも連れていこうよ。」

「いいけど、おるもなの?」

お母さんはしぶしぶだけど、どうやらボクも行けそうだと思ってはいたよ。


姉ちゃんの目論見は知ってんだ。見せたいんだろ、みんなにボクを。


お散歩に行く事の、滅多にないボク。

ちょっとね、左足が生まれつき悪いんだ。

コンクリートやアスファルトの上を歩くのが苦手。




ボクのパパは血統書つきの、立派な生まれだったらしいけど、乱雑な過交配とかいうので、遺伝子がひっくり返ったのか、生まれつき左前足がふにゃふにゃしてるんだ。

まあ、家の中では三本足で走り回っているけどね。

そんなボクを、きっと抱っこして連れていってくれるんだね。今日は。


短めのリードをいつもの青いくびわに結わえつけ、青いストールにくるまれたボクは、珍しく口紅をつけた姉ちゃんに抱っこされた。

「準備いい?お祭り行くわよ~」

「はーい。着替えたよー」

お母さんと、姉ちゃんの声。

さあ、いよいよ出発!

ちょっと怖いけどね。

「お父さん、お土産買ってくるわ」

お父さんに告げたあと、がちゃりと玄関ドアの音がして、ボクら三人(二人と一匹?)はお祭りに出発した。


住宅街は暮れかけて、四次元のような少しよどんだ赤い夏の太陽が沈みかけ、漆黒に近い瑠璃色の闇を星ぼしが彩る。7時半くらいの時間だね、今は。


道々の戸建ての庭からは、地の虫の声。少し生ぬるい外の空気にキィー、キィー、同時にスィッチョン、スィッチョンと、BGMを付けてくれる。ふうん、家の近所ってこんな風だったんだね。もう子供達の帰ってしまった幼稚園もある。おお、新聞屋さんを通り過ぎた。いつも配達ありがとう。


何があるのかな?お祭りって。美味しいものとか、ほかには何が?



「あら、鈴木さん」


ん?道すがら聞き覚えのある声。そうだ、隣のおばさんだ。

隣の戸建てには、(人間の)おばさんとおじさんと「欲求不満のジュディちゃん」とボクが呼んでいる白いプードルが住んでいる。まだジュディちゃんは若いのさ。あれもしたい、これもしたいという若い欲求に自分がうまくついていけない。で、これまたのんびり屋のおばさんにイライラ。なんで分かるかって?鳴き声がウチにまで聞こえてくるんだよ。窓なんか開けてると特にね。


件のジュディちゃんはリードに繋がれて地面におばさんと一緒にいた。上にいるボクに気がついてないや。ジュディちゃんはボクと違ってお外に頻繁に行ってるだろうなあ。前にボクんちにも来たっけ。


「お父さんのおつまみにツブ焼き買ったのよー」

おばさんは、白いビニール袋を手にさげていた。くんくん、いいお醤油の匂い。


「あら、高くなかった?」

「あはは、お祭りだから奮発しちゃった」

「うちも見てくるわ。美味しいもの。じゃあ、また」

お辞儀をお母さんがすると、姉ちゃんも丁寧なお辞儀とともに社交辞令では一番の「にっこり」な顔をした。なんだかなー。まあ、いいけどさ。

隣のおばさんは、ジュディちゃんがいるせいか、ボクと姉ちゃんには目で 挨拶しただけだった。


またしばらく歩いていると、

「わたあめ見えてきた!」

興奮する姉ちゃん。

坂を下って左に曲がる道路の角カラオケ会場までが夜店の出店エリアみたい。

夜店は30件くらいかな。ほんとに地域の小さなお祭り。少し遠くから見ると、ぼうっと白熱灯が明るくかすんでいる。


おお、これがわたあめか。お祭りエリアの入口で、カラフルなビーチパラソル。吊られたぱつんぱつんに膨らんだビニールの中に雲が浮かんでる。

「ちょっと欲しい」

「もう、そんな大きいのを!時間経つとぺしゃんこになるでしょう?」

お母さんの意見はにべもない。未練がましく歩みを止めようとする姉ちゃんをお母さんが引っ張った。

ああ、姉ちゃんが欲しいのはあれだな。一段と長い、半透明のビニール。中のわたあめはピンクとグリーンが加わっているものな。豪華版だ。もう子供じゃないくせにー。


わたあめ屋さんは、買わないと分かると笑顔を止めやがった。


おっと、犬はものがカラーに見えないはずって突っ込み入ったりするかな?

ボクもジュディも見えているよ?まあ理屈はともかく、そう信じてる。違いは分かるのさ。人間とは違う方法、見え方だったとしてもね。


わたあめをお母さんにそらされて、買って貰えなかったけど、ボクらは車両通行止めされた本格的な夜店エリアに入った。

知らない人ばかりだな。結構混んでいるようにボクには見えるけど。道の主に左側が夜店エリアみたい。あちこちの灯りが滲んでいたのは食べ物屋さんの煙で靄になってたんだな。キレイだ。


あ、あれが浴衣かあ。いつだったかテレビで見たことある!若い女の子たちがクレープらしいのを食べながらすれ違って行く。具はなんだろ?


あまり広くない道路を通行止めにして車道にしつらわれた仮のお店たちは、食べ物が多いみたい。煙いわけだ。そこで買った食べ物を、若い人達は右側の他所の門柱や塀に寄りかかり、またはしゃがみこんだりしながら楽しそうに食べてる。しゃがみこみレストランってとこかな?

焼そばやおでんやツボ焼きの夜店の横や後ろはちゃんと椅子やテーブルがあったりするんだけど、若い人達はアルコール好きなおじさんおばさんに場所を譲ったんだね、きっと。ゆっくり飲みたいもんね、そういう人達は。


「なんだかすずらん通りのに比べてしょぼいなあ」

姉ちゃんはよく思い出話に出てくる前に住んでた街の商店街をあげた。そうなのか、ボクにはいっぱい人いるように見えるのだけど。

「でもこれ以上人がいたら、おるがつぶれちゃうわよ」

「そうだね」

なんだかあんまりぎっしり人がいると可愛いボクがみんなに見えないしなー、と姉ちゃんが言いそうで飲み込んだのがボクには分かっちゃった。


遠くからやる気に溢れた演歌の歌い声。どこのおっさんなんだ。賞品狙ってんな。あの人。それにしても狭い町なのにあんまり知り合いにはそう頻繁に会わないもんだな。


「あっここの買って!」

姉ちゃんが声をあげた。天然石アクセサリーのお店だった。なんだ、食べ物じゃないのか。

ピンクや、透明、青い石それぞれに「なんとか運に効き目あり」とか書いてあるみたいだけど、まさか候補もいないのに恋愛のを買うとか?

「しょうがないわねー」

とお母さんがお財布を開けた。

姉ちゃんがボクと共に身を乗り出して好きな石を選ぶ。おーい、あんまり斜めにしないでよ。落っこちるってば。

「えーと」

姉ちゃんはじれったいくらい慎重に選んだ。そして腕を組んで待っていたお店のお兄さんに言った。

「これにします」

意外にもなんと人づきあいに効き目のある紅水晶のブレスレットを選んだ。ふうん?

お母さんが500円を払うと、お兄さんは無言でそれをつつんでくれたが、姉ちゃんはあっという間に開けてボクの頭にかけた。

「はい、おる。あれ、入らないわ」

ゴムじゃなくて紐の留め金付のブレスレットは、そのままではボクの頭には入らなかった。

「おる王子様の出来上がり」

一番大きな玉が眉間に来るように、姉ちゃんはかけたが、お店のお兄さんはもう次のお客さんの対応に忙しそうだった。



ブルーのストールにくるまれながら冠さながらに紅水晶のブレスレットを頭にしたボクはなんだかアラビアの豪華犬て感じ。なんだか恥ずかしいなあ。


「あっ、お母さん、わたしタピオカ飲んでみたい」

「えー?もー、これだけよ?」

姉ちゃんのはしゃいだ声にお母さんはもうめんどくさそう。なんだか不思議な飲み物を買った。透明なコップに薄茶の液体。その中にさらに焦げ茶色の丸がたくさん沈んでる。

「タピオカミルクティーだよ、お母さん」

「あら、初めて見たわ。こういうのなのね」

珍しいものらしいけど、ずずーとすする姉ちゃんの横を、同じような飲み物を持った男の子が通り過ぎていった。めげずに姉ちゃんは言った。

「美味しい」

「そうお?」

分けてもらったお母さんは、うーんという顔をした。ボクにはくれなかったよ。ちぇっ。


「わあ、いい匂い」

なんだか煙たいと思ったら、ぐるぐるにまいた大きなフランクフルトを焼いていた。すかさずお母さんが言う。

「ダメダメ!800円もするわ」

「おるが欲しいって」

お母さんは、聞こえない振りをした。

「あーあ」


大げさに姉ちゃんは、抱いているボクの頭に顎をつけた。うん、これ買っても、ボクには贅沢とかいってくれはしないだろ。ボクんち、そういうウチ。



10件ほど夜店を冷やかしたあと、カラオケ会場のある大きめな空き地についた。相変わらずカラオケは続いている。まるで自分はプロです、みたいに歌ってるけど、その辺のおっちゃんなんだよな、ステージの人。


お母さんと姉ちゃんとボクは、空き地会場の空いている椅子に腰かけた。椅子といっても、ビールケースを2つ逆さまにして、そこら辺から拾ってきたような板を渡してあるだけ。そんな椅子が20位は作ってある。姉ちゃん、渡してある板が折れないか、ちょっと心配。…うん、大丈夫みたいだね。良かった良かった。でも、座るときに

「おる大丈夫?」

なんて心配しちゃって。いつもそんな気配りないじゃんかよー。


会場に来た目的は、もちろん、チラシに印刷されてるシリアルナンバー抽選会だ。さあ、いよいよ始まったよ。

歌の時には4つくらいのライトが、盛り上げるようにぐるぐる回転していたのだけど、抽選会の時間になると、メインの大きなライトが、お米などの賞品に当てられた。

「いよいよだね、当たるかな」

期待でボクをぎゅっと抱きしめながら姉ちゃんが言う。お米の他は何かな。どうもすぐ使わなくてもいいような乾物、調味料が多いみたい。

「では、これから抽選会を始めます!」

緊張した声で宣言したのは、町内会長さんかな?


「えー、賞品は、ササニシキ10キロを始め…」


「ひー、当たったりして」

ぎゅう!と姉ちゃんはますますボクを抱きしめる。ぐがが、当たるわけないだろ、そんな高そうなもん。もし当たってもお母さんに持たすんだろ、ボクよりかなり重そうだもの。


ピコピコピコ…

会場ステージ中央のモニターが、コンピューター抽選中の6桁の数字を回していく。

町内会長さんはステージの脇に立ち、代わりにほんとの司会役(スパンコールでギラギラの金色のジャケットで眩しいが本人自体は地味)が、止まった数字を叫んだ。

「157586番!」

おーーー!!とみんなの歓声があがる。チラシを掲げた小肥りのおじさんが壇上へ小走り。すごい笑顔だ。

「おめでとうございます!ササニシキ10キロご当選です!」

「あーあ、外したー!」

残念そうな姉ちゃんだけど、そんなもんだよな、世の中。


それからも、発表される番号に姉ちゃんはため息。そんなに欲しいものがあるとは思えないんだけどな。お母さんは、知っている人が呼ばれると、

「あら、すごい!」

とにこにこしてたのに。



空き地にしつらえた椅子は今やほとんど埋まり、悠長に腰掛けていた姉ちゃんは、詰めようとして横にずれた。その一瞬、板がシーソーのようにバイーンと上がりかけ、ボクらは悲鳴をあげた。座席を貰えそうだったカップルが、

「大丈夫ですか?」

と姉ちゃんに声をかけたが、ボクには気がつかなかったようだ。

「大丈夫です…」

やっと返事したけど、ボクを見せびらかすのを忘れるくらい慌ててたからね。

小雨が降って来たのもあって、誰もボクには声を掛けては来なかった。姉ちゃんは、なんだか残念そう?


結局何にもボクたちには当たらなかった。姉ちゃんは、チラシを畳んだ。ため息つきながら、

「もうお祭りもお仕舞い」

そう、もう9時近いんだね。こんなにボク外にいたの初めてかもなあ。



小雨は止んで、レモン型の月が灯って明るいな。人工の電球光にはまるで、光届かないとこは別ユニットです。て言われてるみたい。ああ、もう本当に終わるんだね。後片付けで電球を消しだした夜店がちらほら。犬はボクの他にも何匹かいたようだけど、みんな地べたを歩いていたよ。


他の人達と同じ方向にボクらも来た道を戻っていく。もう店じまいをしかけてるおでん屋さんで、バイ貝が半額の200円になっていた。

「お父さんにこれ買って行きましょう」

お母さんがお金を渡して、姉ちゃんが包まれたそれを受け取った。店のおばさんは、ボクを見てなんとなくにっこりしたような気がしたけど、姉ちゃんは力尽きたようで何も言わなかった。


帰り道でも、虫の声が道路脇からお出迎え。なんだかお家じゃなくて、違うところへ連れていかれそうな音波を放つよ。

「年々、夜店も少なくなっていくね」

「田舎だもの。過疎化よ」

二人とも、なんだか寂しそう?


でもさ、姉ちゃんがほんとに寂しく思ったのは、誰もたまたま

「まあ!可愛いワンちゃんね、お名前は?」

て言わなかったからじゃないのかな?

妙齢とかいうのを過ぎて、可愛い部門を人としては放棄してしまった姉ちゃん。今日買ったブレスレットは、人との出会いに役立つといいね。姉ちゃんが、誰かに可愛いと思われるように。

お祭りはまた来年。来年もボクは、

「可愛いですね」

と『姉ちゃん』が言われるのを期待して、かりだされるのかな?別にいいけど。


ボクは、おる。

そこに『居る』という意味の名前を持つ犬。

妙齢を過ぎて、

「私、可愛いでしょ?」

と素直に言えなくなってしまった姉ちゃんの代わりにいる『おる』。

姉ちゃんの代わりに可愛いヨークシャーテリアの『おる』なんだ。


ガチャン!

ただいま!お父さん。

お土産あるよ。



終わり


<http://estar.jp/_work_viewer?p=3&w=25000904>


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