誤算と代償2
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(とんだ失敗をしたなぁ)
飛んで来た矢を絡めとりながら、内心で溜息をつく。
ポーターを逃がしたのもそうだが、その後の人間の記憶の改竄も、ポチのエサとして悪戯にネズミを消費したのも悔やまれる。
こちらの手抜かりもそうだが、人間サイドの動きの早さや、驚いたのはどういう訳か折角寄生させた人間も拘束されてしまった事だ。
こちらの残りの手駒といえば保険のネズミ3匹だけだ。
不幸中の幸いか、恐らくこちらの正体まではばれていないであろう。2人と1緒にポーターまで捕まっているし、何よりばれていたら今頃火炙りにでもされてる。
暴かれるより前に証拠になりそうな物は隠滅するしか無い。彼らにはかなりの負担になるが、俺に関する情報は忘れて貰うしかない。その後は彼等の運次第だ。
ここで寄生先を増やす事も考えたが、それは悪手だ。逆に露呈し、情報を与えてしまう方が今後問題になる。皆殺しに出来ればやるのだろうが、こちらにそんな地力は無い。
逃げるのがベストなのだ。だと言うのに、ポチは何故だか退いてくれない。絶対絶命のこの状況で、ポチからは幸福感と充足感が伝わってくるばかりで・・・
(まさか・・・)
(まさかと思うが、ポチはここで果てるつもりなのか?)
確かにポチはもう高齢だ、騙し騙しで補強し維持して来たが、こんな戦いに何の意味があるというのだ。
いくら嫌忌性のある物質を打ち込んでも、ポチは戦うのを辞めない。
(ポチ、お前はいったい何を考えているんだ。)
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(まだまだやれる。)
もう何人目かわからない人間の足を砕き、ポチと名付けられた高齢の狼は思う。
今まで群でいた時でさえ散々に苦渋を飲まされてきた敵である人間を今はいいように翻弄している。
その事実が、自らの固体としての心を満たしていく。
この大舞台で果てるなら本望だと、敵を1人倒す毎に実感を得る。きっと一緒にいる彼はこれを良しとしていないのであろう。短い付き合いだが、身体に抵抗を感を感じる。
いつも朧げな指示で真意をつかみ損ねる時が多々あったが、今回は単純明快に逃げて欲しいという要求だろう。
だがしかし、申し訳ないがそれを叶える訳にはいかない。
暫く時を置くと、彼も私の考えがわかってきたようだ。徐々に身にかかる抵抗は減っていき、完全になくなると、いつものように私の行動の補助に回ってくれた。
身体を無理に動かした痛みは消え、時が引き延ばされるような感覚。いつも不思議なのだが、彼は時を操れるのだろうか。いよいよ彼の正体は謎のままだった。
しかし、彼は私に様々な物をくれた。
快感をくれた、丈夫な身体をくれた、力をくれた
何よりも自由を与えてくれた。
確かに彼が私を誘導しているのはわかっていた、しかし群でいた時では考えられない程に、彼との奇妙な生活は充実していた。
そんな与えてくれた彼にだからこそ、私は我儘をしたくなったのだ、甘えたくなったのだ。
どうか、許して欲しい、群れの為に生き群れの為に追われたこの老いぼれに、ウルフとしての誇りを果たさせて欲しい。
大丈夫、最期はきちんと安全な所に連れて行くから・・・。