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ヘブンズ・ゲート  作者: 西木宗
黒の雷編
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報告


シノリアの絶叫から、かれこれ30分は経過しただろうか。



いかにも身体に悪そうな汗をまき散らせながら走ってきた結果、9時になる手前でディラン達二人はヘブンズ・クラムに到着した。



そして麗しい黄金の光が漂うヘブンズ・ゲートをくぐり抜け抱えていたシノリアを降ろすと、同時に【雷鎧】を解除する。



「ぜーはーぜーはー……もう無理、限界だ」



両手を膝について苦しそうに呼吸を繰り返すディランの背中をシノリアが優しくさすった。



「ディランさん……」



もしかして自分がいたから、その分ディランの負担が増えてしまったのではないかと思ってしまう。しょんぼりとした表情を浮かべていると、地面に顔を向けて見えないはずのディランが、途切れながらも言った。



「別に……シノリアは……ハァ、ハァ……悪くねえよ。……俺の鍛え方が……足りなかった、だけだ……」



「……ありがとうございます。ーーディランさん、一旦どこかで休憩しませんか? ほらあそこのベンチとか」



ディランの気遣いにほんのりと顔を赤らめたシノリアは、奥に見える広場のベンチを指さした。



立っているだけでも体力を奪われるような暑さの中、ディランは蒼術を使用したまま一人の女の子を抱えて駆け抜けていた。



いつ倒れてもおかしくない状況。確かにどこか日の当たらない涼しい場所で水分補給でもするべきである。



頭の中もごちゃごちゃしている。思考回路が上手く機能しない。だからこそ、単純な疑問が浮かんできた。



ーー何で俺はこんなに必死だったんだっけ?



シノリアに手を引かれ、足の裏を地面に擦りながら歩き出したディランの脳天を、稲妻が貫く。



「そうだ……学長…………」



とにかく学長の元へ行かねばならなかったのだ。最早理由などどうでもよかった。カッと目を見開いたディランは左右に高くそびえ立つ校舎を見上げる。



ーー階段を使っていては時間の無駄だ。これぐらいならいける……!



「あのー、どうかしまし…………ひゃあっ!!」



学長室がある4階の窓がちゃんと開いているのを確認したディランは、再びシノリアを抱き抱えた。



「一瞬だから動かないでくれ」



「うぅぅ……」



腕の中でもぞもぞと身体をくねらせるシノリアには少し悪い気もしたが、これが最善の策だった。



「ーーよし」



右足を一歩後ろに引くと、助走を開始する。トップスピードに達したところで跳躍。この時の最高点は3階。手を伸ばせば何とか届きそうだが、それだとシノリアが真っ逆さまに墜落する。



ーー今だ。



地面に引き寄せられる反動を使い、空中でもう一度膝を曲げる。全身から放出された黄色の電気は全てかかとへと移動した。



入学式の時も一度使用したが、凝縮させた電気の壁を作って踏み台代わりにするという思索だ。



今回はさっきと違い真上には跳ばず、ほぼ真横に近い斜め上を目指す。



「ーーいけっ!」



伸びきった膝をすぐに折り曲げると上半身も丸めて窓を通り校舎の中へと到達した。



「よっと」



危なげなく廊下に着地を決めたディランは、一つやり切ったかのように「ふーっ」と息を吐いた。



シノリアを解放してやると、ずっと目を瞑っていたのかキョロキョロと首を動かした。


 

「ここが校舎の中ですか! 最初から思ってはいましたが、何か普通ですね!」 

 


「そう言われたら何も言い返せねえな。確かに学園自体はこれといった特徴は残念ながらない」



「へえー……でも何だか楽しそうですね。いいなあ……」



ヒッタイ村という檻の中で生きてきたシノリアにとって、同年代の人がこんなに多く集まる場所など、まさに未知の世界なのであろう。



目を輝かせて無邪気に微笑むシノリアの顔に見とれていると、その背後にあるどす黒い何かが視界にチラついた。

  


ーー何だこの対極的な存在感は……。



と、ディランが思い出したくない事実を全力で消し去ろうとしたが、少し遅かった。



「あれっ、ここ学長室じゃないですか。せっかくだから挨拶しておきましょうよ」



シノリアの細い腕がドアノブへと伸びていく。



「ちょっ、まっーー」



ディランがそれに気づく。



ガチャーーと音を立ててドアが開く。  



ディランが反射的に逃げ出す。



「……誰だ貴様は」 



学長の声が聞こえた。



「わたしはシノリアと言います。ディランさんと……」



「……ディランだと?」



誰かが廊下に出た気配がした。



「すぐに戻る。そこで待っていてくれ」



ーーディランの意識がなくなった。














***



「なるほど、村が襲われてどこかの馬鹿が調子に乗って挑んだのはいいが逆に返り討ちにあい、結局は不良に助けられたと。それは災難だったな」 



「……はい、代名詞に多少の疑問は感じますが、流れは合ってます」



「ーー分かった。詳しいことはこいつが目覚めてからにするか。メリー、すまんがそいつの目を覚ましてくれ」



ディランと出会ってから今に至る経緯を説明していたシノリア。



最初はどこかに行ったかと思えば、数秒後にはディランの首根っこを鷲掴みにして戻ってきたエフリーナに恐怖すら覚えていたのだが、話しているうちにそれも段々と薄れていった。



部屋の端に捨てられているディランの側についているのは三人の生徒。エフリーナが呼び出したのである。



ーー確か名前はメリーさん、ゼロさん、それからサウスさん。みんなディランさんの友達なのかな……。



その割にはあまりディランの心配をしているようには見えない。



「全くあんたは帰ってきたかと思えば、こんな可愛い子を連れて…………ヴァンさんはどうしたのよ」



「何だメリー、やきもちやいてんのか」



「ちょっとサウス……」



不安を煽るゼロを余所に、メリーがピキピキッと指先に力をこめながら右腕を振り上げた。



【水縄】



少し長めの棒に変形した水の塊は、容赦なくディランの顔面に振り下ろされた。




「うへっ!」



水浸しになったディランが何度も激しく咳き込みながら起きあがった。



「ん、どこだここ」



目を擦って辺りを見回すディランの目に最初に飛び込んできたのは、



「大丈夫ですかディランさん!」



シノリアだった。



ただでさえ宝石のように光る青い瞳が涙で更に美麗になっている。



これはもう正直言って抱きしめたいレベルの破壊力だった。ディランは腕を動かすとゆっくりと持ち上げ、その手はシノリアの頭の上に置かれた。



「全然平気だぜ。余計な心配かけて悪かったな」



平気も何も自分がどうなったか全く記憶にないのは内緒である。



「……って、お前らいたのかよ」



ようやくメリー達の存在に気づいたディランが呆気にとられていると、耳に入ってきたのは全く別関係なやり取りだった。



まずはサウス。

「おっ、おぉ! これはまさかのライバル登場か!?」



嘆息するゼロ。

「本当に止めなよサウス……」



気味悪く微笑むメリー。

「ふーん、へーえ。シノリアちゃんだったっけ? よかったわねえ、こんなに懐いてくれて」



首を傾げるディラン。

「……何でお前がそんなに怒っているんだ?」



ーーその後騒ぎが収まり、ディランとシノ リアの関係もちゃんと説明してみんなが納得するまで、数分を要したという。
















***


「何よ、ちゃんとヴァンさんには会ってるじゃないの」



今回は椅子に座るエフリーナに机を挟んで、ディラン達五人の計六人で話し合っていた。



ここにはもう一切のおふざけなどない。誰しもがみな別人のような緊迫した面持ちでいた。



「それについては、俺は学長に言いたいことが山ほどあるんだが」



「それは私も同じだ」



「…………やっぱり全部終わってからにして下さい」



「よかろう」



切り札シノリアの本領発揮はまだ先になりそうだ。完全にタイミングを誤ってしまったので、通用するか分からないが。



会話をしているディランとエフリーナ以外の人にとっては何のことかさっぱりだが、雰囲気的にディランが酷い目に遭うということだけは、直感的に感じ取っていた。



「それにしてもディランがこてんぱんにやられるなんて……」



ゼロが眉根を中央に寄せて唸る。戦ってみたかったな……と呟いたのは幸い誰にも聞かれていなかった。



「そいつら、二人いるって言ったよな。どんな奴らだったんだ?」



サウスが何食わぬ表情で訊ねてきた。



「ああ」



自分から言い出すのは少しやりにくかったが、いい機会だった。



ディランはあえてサウスと真正面で向き合うと口を開いた。



「年は俺らより結構上で、身体がでかかった。名前は……マルコ兄弟──」



「……そうか」



「あぁ……」



ディランは見逃さなかった。これは全神経をサウスに集中させていないと恐らく気づかなかったであろう。



僅かに、ほんの僅かにだが、サウスの左まぶたがピクッと震え上がったのを確かに見た。



ゴクリと唾を飲み込んだディランが唇を動かすと、問いかけた。



「なあサウス、お前マルコ兄弟のこと何か知ってんじゃねえか……?」


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