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ヘブンズ・ゲート  作者: 西木宗
【闇属性狩り編】
26/68

ゼロVSユーリッド



※※※



「これだけ離れていれば大丈夫か……」



村を西から抜けて突き進んだ先にある素朴な平面地帯。すぐ脇には頂上が雲で見えない高々くそびえ立つ、山の洞窟へ続くと思われる断崖。



太陽の光もその巨大な灰色の壁によって遮られており、少し肌寒い風が吹いている。



この場にゼロとユーリッド以外の目立った障壁は一切ない。五メートルほどの間隔をとって対峙する二人。



「本当にやるんだな? 俺は怪我人だからといって容赦はしないぞ」



一見ゼロの身体を気遣っているように聞き取れるが、それはユーリッドの最後の警告であった。



素直に従うか、ボロボロになった状態で無理矢理連行されるか。ーーしかしそんなこと、ゼロにとっては不必要な忠告にすぎない。



元から話し合いが通じる相手ではないということは理解している。



「僕はここで君を倒す。そしてもう二度とこのような事件は起こさせない。戦いが終わったら全部話してもらうよ。君達の目的を」



「ああ、ちゃんと話すさ。その時は貴様も俺達の一員なのだからな」



「僕はヘブンズ・クラムの生徒だ」



薄ら笑いを浮かべるユーリッドと、ライトグリーンの瞳でユーリッドを眼差すゼロを隔てる空間が一体化した。



砂塵が巻き上がり、その色が茶から黒に変化する。



両者から放出される闇のオーラは常人のそれを遙かに卓越していた。



まるでオーラその物が意志を持っているかの如く、互いにぶつかり合い、飲み込んでいく。



「やはりこいつの力は本物か」



埒が明かない始末に、ユーリッドが仕掛けた。そのまま後ろに飛び、右手を前に突き出す。



収縮していく闇のオーラ。風が止み、空気が鼓動する。




闇音波ダークノイズ




ーー同時に、ユーリッドの目の前からも固有振動が伝わってきた。




闇音波ダークノイズ




「またか……」



土煙を受けないため目元をローブの袖で覆いながら、更に後方に退がったユーリッドから、腑に落ちないといった言葉が洩れる。



翠玉の森での一戦で相打ちとなった時と全く同じ光景が今広がっている。



また相殺し合ったのではなく、またゼロが【闇音波】を使ったのだ。



「貴様、どこでその技を覚えた」



動揺しているのはユーリッドだけではなかった。



まだ完治していない右肩を押さえるゼロが牙を剥くような眼差しでユーリッドを睨む。



「それはこっちの台詞だよ……この技は僕が師匠と一緒に修行して使えるようになった技だ。どうして君が使えるんだ」









ーー蒼術は大きく二つに分けられる。



一つは基本技という修得方法が公に公開されていて、練習を積めば比較的苦労もせずに使えるようになる技の名称で、ヘブンズ・クラムでの履修技にもなっている。ディランの【雷網】、メリーの【水縄】がそうだ。



そしてもう一つがオリジナル技と呼ばれる、文字通り術者本人が自ら作り出した技で、その威力と効果は様々だ。



基本技をベースにして、そこから自分のイメージを照らし合わせて技を具現化させていき、完成させる。



もちろん自分の思い通りの技を作り出そうとするには、年単位の時間と気力、根性、そして才能が必要なる。



【闇音波】は、このオリジナル技に中る。



今から二年前、ゼロがライニッツの指導の下で約半年間必死に修行して身につけた技。ライニッツは光属性だが、闇属性にも詳しかった。



基本はどの属性もイメージが大切だということで、こういう感じの技はどうだ、というライニッツの意見を参考に、ゼロが頭の中で形にしていく。そしてそれを実際に出してみる。



ゼロの技のほぼ全部が、ライニッツが深く関わっている。ライニッツ以外知るはずがないのだ。



ゼロ自身、どんな技が使えるかなんてーーましてや、異なる二人が生み出した技が全く同じなど、ゼロの知る限り今まで前例はなく、その確率は限りなく0に近い。




「偶然にもほどがありすぎる……」




怪訝の表情を保つユーリッドに、ゼロはきっとユーリッドも今自分と同じような気持ちになっているだろうと考えた。



「……君は自分一人で、【闇音波】を編み出したのかい?」



「それは答えれない」



「自分だけ訊いていてあとはノーコメントか……」



ーーゼロの短いため息を合図として、再び大気が大きく震え出す。



「ーーっ!」


「くっ……!」



意地の張り合いともいえる二人の【闇音波】。



両者一歩も退かず、ぶつかり合っているのに今回は消える気配がない。



まるで己の【闇音波】こそが本物だと示さんとばかりに、二つの漆黒の振動波に強い意志がこめられている。



そんな中、地面に真っ赤な液体が、閉まりきっていない水道の蛇口から流れるように落ち始めた。



【闇音波】の影響で発生している強風に煽られ、ブレザーの隙間から覗いて見える、ゼロの右肩に巻かれている包帯は、血液よって滲み、真っ白な面影を残さず変色していた。



徐々に垂れ下がり始める右腕。



その下は鮮血に染まっており、足で踏ん張っているが、じりじりとゼロの身体が後方に引きずられていく。



「くそっーー!」



力の均衡が、崩れだしてきたーー。







※※※



ーー強い。



ゼロは痙攣し出した右腕の手首を左腕でガッチリと掴んで、目の前に意識を更に高めた。



正面から同じ技での競り合いに圧されているということは、単純に自分の力量が相手を下回っていることを意味する。



ーーこのままじゃ飲み込まれる……。



時間が経過するにつれ振動の激しさが増していくユーリッドに対して、ゼロの【闇音波】は崩壊寸前だった。



まるで穴の空いた風船。みるみるうちに萎んでいく。小物を風呂敷で包み込んでいくように、一体化していく二つの【闇音波】。



「……ダメだ……」



どう足掻いてもここからの逆転はあり得ないことを悟ったゼロは、膝を深く曲げて、伸ばすと共に横へ大きく飛んだ。



身体ごと投げ出したゼロは、片手で受け身をとりながらすかさず立ち上がる。



背後から聞こえた林を一掃する爆発音を耳にする。ーーあのまま退かなかったら確実に木々と同じ末路を辿っていた。   



地面に垂れ落ちる右肩の血が、ユーリッドからも見て取れるほど目立つようになってきた。



出血と体力の消費により、早くも呼吸が乱れ始め、ゼロの頭は酸素が欠乏状態に陥っている。



予想していたよりも、敵の実力が高かった 。



ーー右肩の怪我さえなければ……などという甘い考えも芽生えてくるが、すぐに自分自身でそれを否定する。



もし万全の状態であったら、今よりはまともに渡り合えるかもしれないが、それでも勝てるとは言い切れない。



「カッコつけないでディランがメリーのどちらかを連れてくるべきだったな……」



引きつった苦笑いを浮かべて左手の指先で頭をかく。



「連れてきたところで、残りの奴は二人を相手にすることになるぞ?」



「そう……だよね」



ゼロの呟きにユーリッドが冷静に物を言う。それに対するゼロの返事もありきたりに頷いただけ。



「やけにおとなしいな。もうギブアップか? 今と比べたら森でのお前の方が遙かにいい動きをしていたぞ」



「……まあそれはそうかもね。利き腕が使えないってのは、結構辛いものだよ」



「だからといってそうやって突っ立っているだけでは、俺は倒せないぞ」



「ただ何も考えないでいるわけではないよ」



「なら何だって言うんだ」



「待っているんだよ……」



「待っている……? 助けが来るのをか?」



ユーリッドは閑静としたこの空間一体の涼しい空気を感じながら、蔑んだ瞳をゼロに向けた。




縛り付けるような深い殺気が籠められているが、ゼロは物怖じせずユーリッドを見続けて、また違うーー今度は不利な状況に追い込まれていることを感じさせない楽しそうな笑みを作った。



「ねえ、君があの三人の中で一番強いんでしょ?」



突拍子な問いかけにユーリッドの表情が一瞬固まったがすぐに、



「それがどうした」



無関心極まりなく答える。



「じゃあ僕は、僕達三人の中で誰が一番強いでしょう」



「貴様だろ……主席なんだろ?」



「正解だけど、実は不正解」



「何が言いたい」



ユーリッドがイラついた素振りを見せた。言葉の一言一句を強調するかの如く、力を籠めて言っている。



「確かに成績では、僕は学年でトップだ。けどそれって強さとはあまり関係ないと思わない? そもそも過去には三年間自分の力を隠し続けていた人だっている。……まあ何が言いたいかっていうと、僕よりディランやメリーの方が強いかもしれないよってこと」



端から見れば、苦し紛れ、または時間稼ぎの言い訳にしか聞こえない。



しかし、言い終えたゼロの目に映ったユーリッドの顔は、僅かに動揺した跡が見られた。  



ゼロは確信する。



敵も自分たちと同じぐらい仲間意識があるということを。



中でもユーリッドはそのリーダー格。翠玉の森での戦闘から推測するに、危険なのはゼロ。だからユーリッドはゼロの誘いに乗り、仲間の肩の荷を下ろした。



はずなのにーーそのゼロは自分の考えと全く正反対のことを口にしているではないか。



「貴様よりあの二人の方が強いって根拠は何だ」



「…………」



「俺の質問に答えろ」



「…………」



取り乱し始めたユーリッドが小さく足を踏み出した。



「おい……貴様何とか言えーー」



ユーリッドが拳を握りしめて、闇のオーラを全身に纏う。



ゼロはその様子を見つめる。正直ここまで動揺するとは嬉しい誤算だった。冷静を装っている者ほど、意外と心は脆いものなのか。



ついさっき、ユーリッドが見せた、蔑むような眼差しでーー



ゼロは左手を伸ばしてユーリッドの足下に向ける。



「仲間が心配かい……?」



「急にどうした……」



「君は…………自分のことを心配した方がいいと思うよ」



「何?」




ユーリッドのオーラよりも、更に禍々しさを倍増させた、黒いどろっとしたスライム状の液体が地面に出現する。



「ーー喰らい尽くせ、全てを飲み込む闇沼よ」







闇の墓沼サイドマーシュ







ユーリッドを中心とした、半径五メートルに及ぶ黒い底なし沼は、少しずつユーリッドを蝕み沼の底へと引きずり込んでいく。



「何だこの技は……!」



沈みこむ膝を見ながら、ユーリッドは激しく両手を振ってじたばたする。



それでも尚、浸食は止まらない。



「これは正真正銘、僕だけが使えるとっておきの技さ。発動までにかなりの時間がかかるのが欠点だけど、喰らったら最後、脱出は不可能だよ」



「……そのためにわざわざ余計なでまかせを言って時間を稼いでいたのか」



「うん、だから待っているて言ったじゃない」



無言で舌打ちをしたユーリッドは、全ての抵抗をやめた。



あげていた腕を下ろし、残すは肩より上だけとなる。 



「でも、さっきの言葉は嘘じゃないよ。二人が僕より強いかもって話。僕は二人の本当の本気を見たことがないから何とも言えないだけさ」



「……そうか。だがこれで終わりだと思うなよ」



ユーリッドは最後までゼロを見上げていた。



残ったのは、ぐつぐつと黒い泡をたてて煮え込んで、熱湯にも見える黒い沼。



時間が経てば自然に消える。



「相手がユーリッドじゃなきゃ、多分成功していなかった。別の二人はまともな会話すらできなさそうだしね……」



【闇音波】と【闇の墓沼】の同時使用は初めてだ。そもそも己を極限にまで追い詰めるような戦闘経験がないゼロにとっては未知のものである。



全身の力が抜けてへなへなとその場に座り込むゼロ。







そんな彼の沼を見つめる目の色が変わったのは、すぐのことであったーー。


































「言っただろ? これで終わりだと思うなと」


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