応戦
「メリー!」
「分かってる!」
避けるのは無理と判断したディランは防御の技を出すべく両手を前に突き出し、メリーはディランの一歩後ろに下がった。
電網
ディランは十本の指から出る電撃で空中に細かい網を張り巡らせた。
およそ半分の銃弾は爆発音と共に相殺していくが、残りの半分は電撃に屈さず、威力が衰えることなく迫ってくる。
「……まじかよ」
防御系の技には元から自信がなかったが、本人ですらここまで情けないとは思っていなかった。
「あたしに任せて」
ディランの背後からメリーが飛び出してきた。
滝の盾
地面に横向けの亀裂が走る。大きく割れたその隙間から、火山が噴火するかの如く大量の水が沸き上がってきた。
まさに、滝をそのまま逆さ向けにしたと言ってよいだろう。
この滝に突っ込んできた漆黒の銃弾は全て、水の中でその圧力に耐えきれず拡散し、消滅していった。
「凄え……」
さすがは学長の娘のことだけはあるなとディランが驚嘆している間に、メリーは次の行動に移し替える。
「ハアッ、ハアッ、ディラン……逃げるわよ」
そう言い終えるや否や、メリーはディランの腕を強引に引っ張ると来た道を逆方向に走り出した。
「オ、オイッ、何慌ててんだよ。そんなに急ぐ必要もねえだろ」
「……バカなこと言わないでよ。闘わないって約束だったでしょ。……ハアハア、それに今ので確信した。あたしたちが適う相手ではないわ」
メリーは呼吸が荒く、苦しそうに息継ぎを繰り返している。その様子を見たディランが、さっきの【滝の盾】を思い返しながら口を開いた。
「お前あの技……かなりの防御を誇っていたが、相当体力消費する技だろ。そもそも俺の【電網】で半分は打ち落としてたんだ。あんな大技使う必要性は……」
「うるさい……わね! いいから黙ってて、あたしの、言うことハア、ハアッ、何でも聞くって言ったでしょ」
「……分かったよ」
ここまできて口論をしあうほどディランも子供ではない。
少なからずディランも感じ取っていた。敵との力の差をーー。確かに二人がかりで挑んでも勝てる可能性は五分五分といったところ。
それに相手は二人いるーー。
そこまで考えたところで、なぜかディランは反射的に急停止した。
「ちょっと、何してるのよ! ゲートはもうすぐなのよ! ハァ……早く逃げないと追いつかれる……」
つらい面持ちで声を張り上げるメリーとは逆に、ディランは落ち着いて言った。
「なぁ、どこに逃げるんだよ……。最初に攻撃された時点で気づいておくべきだったな。敵は二人。それは向こうの会話から判断できた。そのうち一人が俺たちの前に姿を現す。……ならもう一人は? ……もし俺が敵の立場だったら、こうするだろうな……」
前方三メートル前に佇んでいる第二の敵を指さす。
黒いローブを着た謎の敵は、被っていたフードをとるとその場で不気味に微笑んだ。
その顔立ちがディラン達と差ほど変わらない年齢に見えることから、二人の顔に一瞬動揺が走った。
「何がおかしいんだよ。気持ち悪いな」
前髪を左右二つにオオキく分けた男は、耳にダイヤの形をした無色のイヤリングをぶら下げている。
「別におかしいなんて思っていない。ただ、お前見た目はいかにもバカそうにしか見えないが、ちゃんと考えて行動しているんだなと思っただけだ。うちの本物のバカとは違って、状況判断がよくできる」
「誰がバカだよこのやろう!」
直後、二人の背後からどこかで聞き覚えがあるようなセリフが響いた。
同じように黒いローブを羽織り、黒い髪を逆立て、こちらも二人と同い年ぐらいと見て取れる。
ディランは少し振り返ると、先程からキーキー喚いている少年をチラリと見ながらメリーに囁いた。
「もしかして俺っていつもあんな風なのか……?」
メリーも同様に横目でチラッと見やりながら答える。
「もしかしてじゃなくて、そうなのよ」
「て、てめーらさっきから何こっちチラチラ見ながらボソボソと話してんだよ! さては、オレの悪口を言ってたな!」
「面倒くさい奴だな……」
「そう? あたしは誰かさんのおかげで馴れてるけど。それより、今のこの状況の方がよっぽど面倒くさそうだわ」
少しの間休む、とまではいかないが、止まっていただけでもメリーは呼吸が元通りになるまで回復していた。
だからと言ってこの難局を打開できるわけではないがーー。
お互い黙りきった後、最初に口を開いたのはディランだった。
「で、どうすんだ? お前ら闇属性狩りだろ? そっちの目的は何だか知らないけど、生憎こっちはお前らに用があって来たんだね」
ディランの挑発ともいえる誘いに一番早く反応したのはメリーだった。
「ちょっ……ええ!? 何言ってんのよあんた!」
ディランの肩を大きく揺らすメリーの目には、若干涙が浮かんでいる。
「……そうか。俺達のことを知りながらわざわざ来るなど、どこの死にたがりやかと思いきや、お前らヘブンズ・クラムの五神帥だな? 道理でコフの技を無傷で防げるわけだ。……おっと、自己紹介がまだだったな。俺はユーリッドと言う」
ユーリッドと名乗った男は相も変わらず不気味に唇の両端を上げながら近づいてきた。
更に後方からも足音。ユーリッドにコフと呼ばれていた男も、スペード型のイヤリングを揺らしながら向かってくる。
「そんなに固くならなくてもいいぜ、別にお前達に危害を加えるつもりは特にないから。ちゃんと聞かれたことに答えてくれればな」
「へえ? 何よ、言ってみなさいよ」
挟み撃ちをされて逃げるのが困難になったため、こうなったら相手に便乗して自分達が優位な立場にとろうと考えたメリーは、強気の姿勢で問いかけた。
今のところ相手の方も闘う気がないというのが幸いだ。
「オレ達は人を捜しているのさ」
「人……? 誰を捜してんだよ」
するとコフは困ったように考え込む仕草をする。「うーん」と言って腕組みをし始めたコフに代わってユーリッドが答えた。
「名前は分からない。とりあえずお前らと同じ制服を着た闇属性の男だ。それもかなりの実力者。心当たりがあるだろ?」