襲撃
ーー蒼術を使用するに中って、技のベースとなる五つの属性。その中で自分がどの属性になるかは、未だに科学的には証明されていない。
が、全てに共通していることはある。親が火なら、子も火。親が水なら、子も水。
もし母親と父親の属性が異なる場合、その確率は半々。簡単に言えば、男か女、どちらが生まれてくるのかと一緒だ。
なので、古くから雷属性のエキスパートと知られているラーシュ家の男の子は、雷属性以外の人とは結婚してはいけないという決まりがある。
もしそれ以外の属性の者と結婚するなら、ラーシュ家の名を捨てることになるーー
ディランが耳にタコができるほど、父親から聞かされてきた掟だ。
その件に関して、ディランは特に何も思っていない。この十五年間、一度も女の子に恋をしたことはないし、したいとも思わない。
否、正しくは同年代の異性と関わることがなかったといった方がいいのか。
そのうち結婚しなければいけない時が来れば、父親がどうにかしてくれるだろうとしか考えておらず、今のディランの頭は残念ながら闇属性狩りについてで埋め尽くされている。
しかし、それでも気になった点が一つだけあった。
「なあ、お前が水属性で母親が光属性ってことは、お前の親父さんは水属性ってことになるよな? フェンリル家って光属性以外のやつと結婚してもいいのか? もし子供が全員水属性だったらどうする気だったんだよ」
ディランの素朴な疑問にメリーは頬を膨らませると、ディランを睨みつける。
「別に質問するのは構わないけど、こういうときは普通、まず最初にあたしを慰めるもんでしょ」
「何で俺がお前を慰めないといけないんだよ」
「……もういい。あとさっきのことだけど、あたしの父はあんたが言ったとおり水属性で合っていると思うわ」
「思う……?」
メリーは空を軽く仰ぎながら、目を丸くしてキョトンとしているディランの横に並んだ。肩が少し触れ合うか触れないか。灯りのない森の中でも、メリーのサファイア色に輝く瞳は色を失っていない。
「ーー父は、あたしが生まれる前に病気で死んだって、前にお母様が言っていたわ。だから会ったこともないし、顔も知らない。まあお母様に好きな人がいたなんて考えられないけど……」
口に掌を添えて、微笑しながら歩き始めたメリー。ディランからすると、さっきとは違い、何かに思い詰めているようには見えなかった。
するとメリーの背中を見ながら、ディランは小馬鹿にしたように鼻で笑った。
「フッ、よく考えたらあんな氷を擬人化させたような人にも青春時代があったらって考えると……フフッ、……ダメだ、こんなこと万が一メリーに聞かれてたら絶対にチクられてしまう。そうなれば俺はあの世行きだ。余計なことを考えるな俺。心を無にするんだ。……無無無無無無…………」
目を瞑って心を落ち着かせようと、頭の中を空っぽにしようと頑張るディラン。
だが、消し去ろうとすればするほど、妄想の種が膨らみ始める。ディランの精神がいろんな意味で崩壊し始める。
「ちょっと、さっきからブツブツうるさいんだけど」
と言いながら振り向いたメリーは、ディランの悲惨な姿を目にする。
言い表すならば、笑いと、笑いによる涙と、笑いを堪えようと自分の頬をつねっている右手と、痛そうに口を歪ませながらも笑っている目。
ーー誰なのよこいつ。
メリーは真剣にそう思ってしまった。
「ハッ、ハハ、あー、頭から離れんチクショー、どうしてどっちから告白したかなんて気になってしまったんだよ。……もし学長の方から告白してたら、フフフフフフ、俺もう…………」
「殺されるわね、間違いなく」
熱が冷めきった目でボソッと一言。
やはり親子と言うべきであろうか。数時間前学長室でエフリーナが見せていた、完全に人を見下し、軽蔑しているような目つきとピッタリ重なるほど、大変酷似していた。
それが逆に、ディランの寿命と言う名の魂を刈り取る羽目になる。
「うおっ! び、びっくりしたじゃねーか。一瞬マジで学長かと思っちまったぜ……」
心臓の辺りを押さえながら数歩後ずさりする。そして、引きつった表情で恐る恐る訊ねた。
「さっきの俺の言葉……どこから聞いてた……?」
「うーん……、今日一日あたしの言うこと何でも聞くっていうんだったら何も聞いてないし、言うこと聞かないって言うんだったら、『フッ、よく考えたらあんな氷を擬人化……』から聞いてたことになるわね」
ーーそれ最初からじゃねーか!!
この地獄耳が!
と叫びたい衝動を押し殺し、ディランは口は災いの元ということわざの重要性を身に染みて感じた。
「お前将来ろくな死に方せんぞ……」
ディランの言葉を無視して、メリーはディランの肩に手を置くと、この上になく嬉しさに満ちた笑顔を見せる。
「で、どうするの? イエス、オア、ノー?」
ディランは考える。何も詰まっていない頭で。メリーの言葉を簡単に訳すとこうなった。
ーー今日一日あたしの奴隷になるか、それとも帰ったあとお母様に殺されるのか、どっちがいいの?
「…………イエス」
最早選ぶ余地などない。
「交渉成立ね」
「ただの恐喝だけどな」
「え? 何て?」
わざとらしくディランの真正面で聞き耳を立てる格好をするメリー。今になって自分がやってしまった事の重大さに気づいたが、完全に手遅れだ。
「……何でもねーよ」
ぶっきらぼうにディランがそう答えた直後、ーーメリーは何かを見つけたのか「あっ!」と声をあげると一本道の直線上を小走りで奥に進みだした。
「オイ! 急にどうしたんだよ!」
十メートルほど走って、そこで立ち止まったメリーが地面を指差した。
「多分ここだわ」
「ん?」
ディランは言われるがままにメリーの指し示した箇所に目を落とす。
そこだけクーデターができたかのように抉れており、土の色も周りとやや異なっていることに気づく。
「黒い……。多分そこら辺の土だと思うんだが、焦げたというわけではなさそうだな」
「えぇ……これが闇属性の蒼術。圧倒的な破壊力以外にも何か別の特徴があるのかな……」
ディランはしゃがみ込んでサラサラになっている黒い砂を掌に乗せた。少しでも風が吹くと簡単に飛ばされるほど、一粒一粒が軽くて細かい。
「見た感じ手がかりはこれしか見当たらんな。どうする? 念のために持って帰るか?」
「うん、そうしましょうか。それよりも先に、もう少し奥に進んでみましょうよ。他にも何か手がかりになりそうな物があるかもしれないわ」
「そうだな」
ディランは一言頷くと、手の黒い砂を払い落とした。
その間メリーは、周囲に何か変わったことがないか見渡していたのだが、今二人がいる横幅五メートルの砂道以外は所狭しと木が連なり、緑の葉が生い茂っている。
風に揺られる葉の音でいちいち気を取られていてはキリがない。
その判断が、ーー誤りだった。
「オイオイ、お前の言うとおり本当に来ちまったぜ!」
「……二人。あの制服……ヘブンズ・クラムの生徒か。まずは属性を見極めろ。ーーそれからだ」
「はいよ」
薄暗い森の中、第三者、第四者の存在に二人が気づいたのはちょうど、ディランが立ち上がった時だった。
謎の二人の会話はちゃんとディラン達に届いていたことから、かなり距離は近いと判断する。
話の大体の意図を察したメリーが苦笑いを浮かべた。
「かなり嫌な予感がするわ……。ディラン、あんた相手の居場所特定できないの?」
「………ダメだ。あいつら完全に気配を絶ってやがーー」
黒の乱銃
木々のざわめきと共に一つの大きな影が前方の木の上から飛び出す。
月を背にして、無数の黒い銃弾がディラン達に降り注いできた。