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第一章:主人殺しの奴隷

 ヴァイキングたちの副首領になった俺は、村の中で二番目に大きな屋敷に住んでいた。首領の家と同じ石造りの住居は権力者の証であり、ヴァイキングたちから羨望の眼差しを受ける。だが俺がこの屋敷に住むことに誰もが反対しなかった。なぜならこの屋敷に住む代わりに首領へと莫大な上納金を払っているからだ。


 そう、今や俺はこの村で二番目のお金持ちだった。金を稼ぐ方法は実に簡単で、コーラを神水として、ヴァイキングたちに売ったのだ。寿命が延び、力が漲るということで、コーラは爆発的な人気を得た。需要は増す一方で、今では金や銀と同じ価値で取引されている。


「へへへっ、笑いが止まらんぜ」


 触れたモノをコーラとポテチに変える能力で、過去へとタイムスリップさせられた時は、俺の人生終わったと思ったが、工夫すれば、面白おかしく生きていけるではないか。


「腹が減ったし、飯でも食いに行くか」


 ヴァイキングたちの副首領となり、この村についておおよそ把握していた。まずこの村の名はロイホと云い、人口は約一千人で、この辺りではかなり大きな村なのだそうだ。


 ただし一千人の内、百人近いヴァイキングは、イングランドに海賊をしに行っているそうで、まだ俺も会ったことがない。村に常駐しているヴァイキングたちよりも獰猛な男たちだと云う話だから、会わないで済むのなら会いたくないものだ。


「今日も盛況だな」


 ロイホの村はずれにある市場では、雨風を防げる程度の屋根の下で商品が売られていた。商品は農民が自分の畑で作った農作物から、外国から購入してきた衣服など様々だ。


 これほどまでに市場が盛況なのは、参入障壁の低さが要因の一つである。例えば同時代のフランク王国で商品を売ろうと思えば、ギルドに加入しなければならない上に、莫大な権利金をギルドに払わなければならない。しかしヴァイキングたちの市場は誰でも商品を売ることができ、権利金も特に払う必要はない。売る場所も早いモノ勝ちで、既得権益も存在しなかった。


「副首領!」


 道間声が俺に声を掛ける。振り向くと、そこには馴染みの髭面商人がいた。


「今日は新鮮な鳥が入ってますぜ。よかったらどうですかい?」


 商人は鶏の首を捻じりながら、俺に商品を勧める。食卓に並ぶ鳥は誰かが殺しているのだと知識では知っていても、眼前で殺された鳥を食べることには抵抗があった。俺は丁寧に断り、他の商品がないかを訊ねる。


「ならこれだ! イングランドから輸入したリンゴです。イングランドの農場で作られた果実はデンマーク産よりも甘くて旨いですよ」

「なら十個くれ。あと魚もあれば届けてくれ」

「商品は屋敷に届ければ良いですかい?」

「ああ。いつもすまんな」

「副首領はお得意様ですから。このくらいは」


 俺は金貨を一枚手渡す。この時代の貨幣は金貨・銀貨・銅貨の三種類があった。それぞれを現代価値に換算すると、金貨は五千円、銀貨は一千円、銅貨は百円程度の価値になる。


「金貨一枚だと、釣りは……」

「いらんよ。取っといてくれ」

「いつもすいませんね」


 リンゴと魚に金貨一枚は払い過ぎであることを否めないが、もし俺がウルズの使者でないとバレた時のために、味方してくれる者を増やしておく必要がある。金貨一枚で好感が買えるなら安いモノだ。


「なんだか騒がしいな」


 遠くでヴァイキングたちが叫んでいる声が聞こえてくる。あまりお近づきたくない声が集まっていた。


「イングランドの遠征から帰ってきたらしいですよ」

「噂の……」


 とんでもなく凶暴な男たちの集まりだと云う。


「帰ってきたから出迎えで騒がしいのか?」

「いいえ。お目当ては彼らが持って帰ってきた略奪品ですね。絹の衣服や、金銀財宝、他には奴隷なんかも売られていますよ」

「奴隷か……」


 もしかすると自分が奴隷に堕ちていたかもしれないだけに他人事のように思えなかった。


「副首領も男一人で寂しいでしょう。どうです、女奴隷なんかを買ってみては」

「可愛い子とかもいるのか?」

「そりゃもう! イングランド女の可愛さはガサツなデンマーク女とは比べ物になりませんぜ」

「そんなにか」

「そんなにです。私も自分の嫁さんを売って、イングランド女の奴隷が欲しいくらいですから。あ、これは嫁さんには内緒ですよ」


 この時代のヨーロッパでは国柄によって女性の性格が大きく変わった。それは宗教観によるものが大きかったと云われてる。


 北欧神話を信仰しているデンマーク人は、女性であっても強さが求められる。それは武勇だけでなく、気の強さや凛々しさと云った強さを求められた。そのためデンマーク女は気が強いと云われていた。


 一方キリスト教を信仰しているイングランド人は、貞淑であることが素晴らしいとされていたため、穏やかな性格の女性が比較的多かった。


「まぁ、興味本位で見てみるか」

「ぜひそうしてくだせえ」


 商人に勧められるまま、騒ぎがする方へと歩いていく。ヴァイキングたちが集まっているエリアには、ボロ衣を着せられた奴隷たちが並べられていた。


「あ~、こういうのを見ると、過去にタイムスリップしたんだと実感するなぁ~」


 築地の競り市のように、奴隷が紹介されると、その奴隷に皆が値を付けていく。売れ残った奴隷がムチで叩かれているのを見ると、心が苦しくなった。


「やっぱりヴァイキング怖いなぁ」


 奴隷にならなくて本当に良かった。


「そこの兄さん、どうです? 奴隷を買いませんか?」


 白髪白髭の奴隷商人が気さくに声を掛けてくる。奴隷商人の顔は他のヴァイキングと比べると、比較的温厚そうに見えた。


「俺個人に売らずとも、競りにかければいいだろ」

「私は競りを使わない主義なんです。上手くいけば高い値で売れますが、失敗すると買い叩かれますからね」

「個人に売った方が売値は安定するものな。で、なぜ俺に声をかけてきたんだ?」


 遠征に出ていたヴァイキングは俺が副首領になったことを知らない者がほとんどのはずなのだ。つまり金持ちだとは知らないはず。


「兄さんの体つきを見れば分かりますよ。イングランドの王侯貴族と同じ体形じゃないですか」

「あぁ……」


 自分の腹に乗った脂肪を見る。この食料が乏しい時代に、俺の様な太り方をする人間は、金持ちであると証明していると云えた。


「……太っているからって誰にも迷惑をかけているわけじゃないから良いもんね」


 ヴァルハラにもデブなおかげで連れて行かれなかったし、デブ万歳である。


「で、兄さん。奴隷買いませんか? うちは値が張るが、質の良い奴隷を提供できますよ」

「どんな奴隷がいるんだ?」

「多種多様です。イングランド人の奴隷以外にもフランク人やウェールズ人の奴隷もいますし、美人や美丈夫も取り揃えてます。オススメを紹介しましょうか?」

「頼む」


 そういって、奴隷商人は荷馬車から一人の男を連れてきた。屈強な肉体と反抗的な目が恐ろしかった。


「こいつはイングランドで農夫だった男です。見てください、この健康的な身体。こいつなら四六時中働かせても平気ですぜ。農業をやらせるならこいつで決まり」


 四六時中って、ブラック企業も真っ青だな。


「さっきから凄い形相で睨んでくるんだけど……・」

「ああ。それですかいっ。こいつの村を襲撃した時に、部下が誤ってこいつの妻子を殺してしまったんですよ。勿体ないことをしました。その妻子も奴隷として売れば、高値で売れたんですがね」

「あ、あははっ……」


 自分でも分かるほどにワザとらしい作り笑いを漏らす。妻子を殺されて、無理矢理奴隷にされた男を前に笑えねえよ。


「農奴はいらん」

「ではどういう奴隷をお望みで?」

「可愛い女の子もいるのか?」

「そりゃもう! 兄さんの希望は顔の良い奴隷ですかい?」

「かつ俺の護衛も任せたいから腕の立つ奴隷が良いな」

「そうなるとウェールズ人の女ですね」


 ウェールズはイングランドと同じくキリスト教を主な信仰としていたが、もう一つ別に信じている宗教があった。


 精霊教と呼ばれる民族宗教で、森の中に住む精霊たちが、風を吹かせ、太陽を輝かせ、雷を降らせるという思想で、日本の八百万の神に近い。


 精霊は強者に力を与え、富人にするという伝承がいくつも残っており、その伝承の一つがアーサー王伝説だったりもするのだが、そういう宗教観があるせいか、ウェールズ人の女性は、男性と同じように武術を学ぶことが多い。


 それでいてキリスト教も信仰しているため、俺の欲する美人で強くて貞淑な女戦士が手に入る可能性が高いというわけだ。


「ちょいと待っていてください。中古ですがね、兄さんの希望を満たす奴隷を入荷したんです」


 さっきの農奴を見た後だと、どうしても期待を持てないが、俺は奴隷商人が奴隷を連れてくるのを待つ。


「こいつが兄さんの希望を満たす奴隷です。どうです? 美人でしょう」

「あ、ああ」


 緊張で喉が震えていた。連れてこられた奴隷は今まで見た女性の中で最も美しかった。整った目鼻立ちに、シミひとつない綺麗な肌、透き通るような金髪に、澄んだ青い瞳。まるで絵画の中から飛び出してきたような美少女である。


「こんな美少女が奴隷なの? 俺の物になっちゃうの?」

「お金さえ払っていただければ」

「でもお高いんでしょう?」

「今ならお値打ち価格、金貨二百枚でお譲りします」

「異常に安くないか?」


 金貨二百枚、現代価格で百万円である。この値段が安いのか高いのかを説明するためには、この時代の奴隷の相場を語る必要があるだろう。


 ハーレム物の漫画に出てきそうな容姿が平凡でマジメだけが取り柄の男性奴隷なら、金貨一五〇枚ほどで購入できた。つまり現代の価値基準だと、七十万円から八十万円が、男性一人の値段だったと云われている。


 この相場から値段が前後していくわけだが、まずは値が下がるパターンを紹介すると、俺のような運動不足で貧弱な奴隷は相場以下になることが多く、状況によっては金貨百枚、つまり五十万円を切ることも珍しくない。


 逆に相場より値段が上がるパターンだが、最も高額になるのは、文字の読み書きができる奴隷だ。この時代、文字の読み書きは富裕層にしかできなかった。そのため文字の読み書きができるというだけで重宝され、最低でも金貨五百枚の値がついた。


 次に値段が高くなるパターンで最も該当する者が多いのが農業経験のある奴隷だ。奴隷を購入する目的は農奴とするためであることがほとんどなので、農業経験のある奴隷は需要も多く、金貨二百枚、つまり目の前の美少女と同じ値段で取引されていた。


 だが本来なら美人の奴隷は値段がもっと高額になることが多い。おおよその目安だが、金貨二百五十枚から三百枚が相場だったと云われている(美人奴隷と良馬が同程度の価値だったと云う文書が残っている)。


 つまり眼前の美少女が金貨二百枚と云うのは明らかに安いのだ。何か裏があるに違いない。


「この女は主人殺しなんですよ」

「つまりは前の主人を殺したのか?」

「ええ。手斧で頭をざっくりと」


 奴隷商人がこの美少女を中古の奴隷だと話していたが、つまりは前の主人を殺して、また売りに出されたということか。


「普通なら主人殺しの奴隷なんて売れないんですがね。なんせこの顔ですから」

「これほど美人なら需要もあるってわけか」

「そういうことです」

「ちなみにどうして前の主人は殺されたんだ?」

「それはこの女を脱がしてみれば分かりますよ」


 奴隷商人が少女の服の袖を引っ張り、隠れていた腕を見せる。そこにはムチで打たれたような傷跡が刻まれていた。


「前の主人は評判の悪い男でしたから。相当辛い目に遭わされたんでしょうね」

「復讐ってことか……」

「もしくは身を守るための防衛本能ですかね。この女の剣の腕は相当なモンですから。危機から逃れるために体が勝手に動いたのかもしれませんね」

「本人は何と言っているんだ?」

「それが前の主人の奴隷だった時のショックのせいか、どうも無口な女でして。必要最低限の言葉以外話さないんですよ」

「ふ~ん」


 考えるような素振りを見せるが、この少女を購入することは俺の中ですでに決定していた。


 まず主人殺しについては酷い目に遭わせなければいいだけなのだから、さほど問題ないし、無口なのも、家事と護衛さえやってくれるなら別に構わない。というか俺が話すの嫌いだから、寧ろ無口なのは有難い。


「買うよ。金貨二百枚だったな」

「ありがとうございます。ではこれよりこの女はあなたのモノです」


 金貨二百枚にチップの金貨十枚を足して手渡す。奴隷商人は驚きの表情を見せたが、今後もよろしく頼むという言葉を加えると、納得したように金を受け取った。


「さて、これから主人になる新城琢磨だ。お前の名前は?」

「……アルトリア」

「アルトリアか。良い名前だ。これからよろしく頼むな」


 無口な奴隷と共に、俺は家路に付く。アルトリアは終始口を開くことはなかった。


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