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第一章:コーラとポテチでヴァイキングの首領を目指す

 第一章:コーラとポテチでヴァイキングの首領を目指す


 拝啓、日本にいるお父様、お母様。お元気ですか? 俺は元気ではありません。タイムスリップして、半日と経たない内に、ヴァイキングに捕まり、奴隷になろうとしています。


 こうなった経緯を手短に話すと、タイムスリップ先がヴァイキングたちの村で、たまたま通り掛かった獰猛な男に捕まってしまったからです。


 俺は声を大にして言いたい。タイムスリップさせるにしても、送る場所を考えろと。ちょっと考えたら、ヴァイキングの村に送られればどうなるかなんて明白だよね! 阿呆なの? 死ぬの?


 そんなもうすぐ奴隷に堕ちそうな俺なのだが、まだ完全に堕ちた訳ではない。まだチャンスが残されている。


 ヴァイキングたちは黒髪黒目の人間を初めて見るようで、俺をどうするべきか扱いに困った。そこで村の裁判にかけることにしたのだ。


 裁判の内容は俺を奴隷にするか、村人とするかだ。この裁判に俺の人生すべてが賭かっていた。


「逃げることも難しいよな」


 ヴァイキングの村は四方を海と山に囲まれた天然の要害となっており、地理に詳しくない者が逃げようとしても逃げ切ることは難しいだろう。


 さらに俺が連れてこられた建物は石造りである。この時代、一般的なデンマーク人は地面を掘り下げ、粘性の高い土と草を組み合わせた住居に住むのが普通で、石造りの建物は権力者しか住むことが許されていなかった。つまり俺がいる建物は警備が厳重である可能性が高いということだ。


 そして俺を誘拐したヴァイキングの存在が最も厄介だった。角のついた兜と毛皮のベスト、丸太のような太い腕に、腰に差された手斧。凶暴という言葉が服を着て歩いているかのようだった。


「おい、裁判が始まるぞ。付いてこい」

「ああ」


 きっと女神が気を効かせてくれたのだろうが、俺はこの時代のデンマークの公用語であるノルド語が話せるようになっていた。さすがにコミュニケーションが取れないのでは、生き残る可能性も極端に低くなっていたはずなので、そこに関してだけは正直ありがたい。あのクソ女神に感謝はしないけどな。


「ここが首領室か」


 案内された部屋は裁判や会議を行うための部屋で、中央に玉座と、テーブルが並べられていた。部屋の中はヴァイキングで溢れかえっており、中央の玉座に黒髭の男が座っている。顔には幾本もの刀傷が刻まれていた。


「あいつが首領か……」


 人を顔で判断すべきではないと思うが、泣いて謝っても許してくれそうにない。生き残るためには工夫しないといけない。


「思い出せ。この時代の奴隷を……」


 昔読んだ歴史小説の内容を何とか思い出すと同時にため息を漏らす。この時代の奴隷は下手をすると黒人奴隷時代よりも厳しい、歴史上最も奴隷が冷遇されていた時代であることを思い出した。


「やべえ、泣きそうだ」


 奴隷制度は様々な種類がある。例えば古代ローマの奴隷制度は主人が勝手に奴隷を殺すことは許されなかったし、食事を与える義務も存在した。しかしだ、この時代の奴隷は違う。奴隷に食事を与えるも与えないも主人の自由だし、生殺与奪ももちろん自由、さらに無理矢理性交渉に及んだとしても何も罰則が与えられない。本当に主人の物になるのだ。


 つまり主人が良い人であればそこそこ幸せな人生を過ごせるし、悪い主人であれば地獄の人生となるということだ。


 だが奴隷を購入するのはデンマーク人、つまりはヴァイキングだ。学校の不良や、街のヤクザなんかよりも恐ろしい。人を殺すことを仕事にしている奴らが、良心を以て接してくれると期待するのは、あまりに馬鹿げている。


 運良く良い主人に当たったとしても、男の奴隷に与えられる仕事は間違いなく農作業だ。スポーツマンならともかく、引き籠もりのインドアオタクの俺が、辛い農作業に耐えられるとは思えなかった。途中で逃げ出す自信が俺にはある。


「では主神オーディンの名の元に、この男の裁判を始める」


 首領は宣言するが、家臣たちは皆退屈そうに頷くだけ。


 やばい、やばいと俺の直感が告げていた。家臣たちの興味なさげな態度を見るに、俺が奴隷になることは既定路線なのだ。それも当然で、見ず知らずの他人を仲間に加えるより、奴隷としてこき使った方が、彼らの利益になるからだ。


「こちらから打って出るしかねぇ」

「ん、何か言ったか?」

「言ったさ。お前たち失礼だろう。俺を誰だと心得る。運命の女神ウルズの使者なるぞ」


 俺がそう叫ぶと、この場にいる半分の男たちは嘲笑し、半分の男は驚きの表情を浮かべていた。


 予想通りの結果に俺は内心ほくそ笑む。西暦八〇〇年のデンマークでは北欧神話が信仰されていた。黒髪黒目の普通でない外見の俺が、女神ウルズの使者であると名乗れば、おおよそ半分の人間は信じるだろうと考えていた。


「女神ウルズの使者だと。助かりたいからと嘘を吐きよって」

「嘘じゃないさ。証拠もある」


 ヴァイキングたち戸惑いを隠そうともせずに騒ぎ始める。理想的な話の流れだ。俺は言葉を続ける。


「そもそも俺が女神ウルズの使者として送られたのは、ウルズの泉の神水を勇猛なるヴァイキングたちへと届けるため」

「私たちのために……いや、それよりもウルズの泉とはユグラシルドの根に湧くという泉のことかっ!」

「そう。飲めば体に力が満ち、寿命を延ばすという神水だ」

「その神水をお前は……いや、あなた様は我々に授けるというのですか?」

「水釜を持ってこい。お前たちに飲ませてやろうではないか」


 ヴァイキングの首領がゴクリと息を呑むと、部下の男に水釜を持ってこさせる。


「見せてやろう、神の御業を!」


 触れたモノをコーラに変える能力を使用し、俺は水釜の水をコーラへと変える。


「これがウルズの神水コーラだ」

「おおっ! 見ろ、水の色が変わっている、しかも水が泡立っているぞ」


 水釜のコーラを見たヴァイキングたちが騒ぎ始める。一部の男たちは俺へと尊敬の眼差しを向け始めた。


 キリストは石をパンに変えて、あれだけの信仰を獲得したのだ。眼の前でそれ以上の奇跡を見せられれば、このような態度になるのも当然だ。


「飲んでみろ」


 首領に勧めるが、抵抗があるのか口にしようとしない。


「毒はない。俺が先に飲んでやる」


 水釜のコーラを掬って飲んで見せると、安心したのか首領も水釜のコーラに口をつけた。


「な、なんだこれはっ! 口の中でパチパチと雷が奔る」

「この水には雷神トールの力が込められているのだ。どうだ。力が湧いてきただろう」

「疲れが吹き飛んだように感じます」

「これが神水コーラの力なのだ」

「力が湧き、寿命が延びる。まさしく神水です」


 炭酸には疲れを取る効果があると云うし、寿命が延びる話はどうせ誰にも証明できないのだ。ばれることはない。


「さてヴァイキングの首領よ。お前は俺を奴隷とするか、それとも仲間として認めるか?」

「女神ウルズの使者を奴隷など滅相もない」


 思惑通りの展開に俺は小さくガッツポーズを決める。これから自由市民として、当たり障りのない人生を送ってやる。


「皆の者も異存ないな。ないならこの者をウルズ神の使者と認め、我らの副首領とする」


 主神オーディンの名の下に、俺はヴァイキングたちの副首領になることが決まったのだった。



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