男
殺してやる、と彼女は叫んだ。
今にも涙が溢れ出しそうな彼女の目が僕を見ている。複数の結束バンドで縛った彼女の手足は簡単には外せないだろう。床の上でうねうねと全身を動かす彼女の姿はまるでキャベツに張り付く芋虫の様で、穢らしい。
街外れ築15年の3LDK、駅からそう遠くはないが人通りは少ない。家の裏には山があり、自然に溢れている。そんな好物件で更に事故物件らしく、家賃は月に四万円と破格の値段。この家は最適の巣だと言えた。
その家の一室に閉じ込められる彼女。暫く経つと、威勢の良かった彼女の声は段々と活気を無くし、また暫く経つと嗚咽に変わり、時折鼻を啜って泣いていた。「泣かないで。元気を出してください」
泣いたって現状は変わる事は絶対にないのだから。
風の音で窓はガタガタと震え、雨音は次第に強くなっていく。
「疲れたでしょう。今日はもう眠ってください」
そうして動けない彼女をベッドに運ぼうと近付くと、彼女は僕を畏れているような顔で部屋の隅へと逃げようと体を仰け反った。これまでもそうだった。この部屋に来た子たちは皆最後までそのような顔をした。
僕はベッドにセットしておいたタオルケットを彼女に丁寧に掛け、怯えた顔で固まっている彼女の乱れた髪を少し整える。
「おやすみなさい」
微笑みながらその部屋を去った。
近所の工場から排出される煙の変な臭いがこの住処に染み付いている、とこの家に引っ越してきた当初は落ち込んでいた。しかし臭いに慣れてしまったのはいつからだろう。
三年ほど前、社会に疎外されないようにここに引っ越してきた。
だけど、現実はどうだ。どこへ行こうと僕の日常は変わらない。
僕は僕である事に手段を厭わない。偽りは罪だ。