意地と意思
二人が注文を終えると久我はカウンター席の奥にある厨房で料理を始めた。
葉月と天音は料理が出来るまでの間、久我が置いていったタブレット型コンピューターを覗き込んでいた。
画面に表示されているのは、魔術協会から発行されている魔術師の為に用意された仕事。
魔術協会とは何百もの魔術組織の頂点に立ち、取りまとめる総元締め組織のことである。
確か七割から八割の魔術師と魔術組織が協会に属しているはずだ。
大きな魔術組織の場合は協会の魔術師が直接交渉に向かうが、個人の魔術師や少人数の魔術組織は協会が経営している喫茶店や酒場で依頼を受ける事になっている。
「はぁ~、葉月さんはこんな感じで仕事受けてるんですね」
「まぁ、そうだな。天音はどこかの魔術組織に所属してんのか?」
「ん~。組織というより、一族なんですよね」
水の入ったコップの淵を指でなぞりながら、天音が答える。
「へぇ~、一族って事は一族だけの継承魔術とかもあるんだろ?」
「当然ありますよ。私がまだ習得出来てない魔術が百近くもありますけど……その中でも特別な物がいくつもあります」
「そんなに沢山あるんだな」
「後で時間があったら、見せましょうか」
「えっ、いいのか。他の魔術師に魔術を見せるのってNG行為だろ。普通」
「まぁ、いいんじゃないですか。葉月さんにはお世話になっていますし、葉月さんの魔術も教えてもらいましたから、少しくらいならいいですよ。それに葉月さんに説明しても盗まれる事はないですから問題なしです」
「それはそれで、悲しい気もするが……まぁ、見せてもらえるのはラッキーだしいいか」
天音が答えると、葉月は嬉しそうにしていた。
「はいよ。注文の品出来たぞ」
久我が歩行音なしに現れ、葉月と天音の前に注文の品を並べた。
「久我さん、ありがとうございます」
「わぁ~、美味しそうですね」
「あたりめぇだ。上手いに決まってるだろ。この俺が作ったんだからな」
「あははっ、本当に美味しいですよね。久我さんの料理は」
「料理上手の葉月さんがそういうなら、本当に美味しいんですね」
「葉月に料理を教えたのは俺だからな」
天音は目の前に置かれたパスタに期待を膨らませる。
そしてフォークでパスタを綺麗に巻き取り口に運ぼうとしたとき、
「いやぁぁぁほぉぉぉぉ! クーちゃん。ご飯食べに来たぜぇぇぇぇ」
勢いよく扉が開きテンションMAXの少女が入って来た。
「おお、リリー。今日は遅かったな」
「ん? そうかい」
スタスタと少女は葉月たちの座るテーブルに近づいてくる。
「おや? これは珍しい。ツッキーがいるぜ」
肩の辺りで切りそろえられた紅い髪、右耳には闇色に輝くクリスタル型のイヤリングが揺れる。
少女の名はリリー・オディアール。
天音と同じ年に見えるが彼女は今年二十歳になった、魔術協会所属の魔術師でもあり、凄く強い魔術師である。
「久しぶり。リリーさん」
「リリーでいいって。ツッキーは顔のわりに真面目なんだから」
「顔は関係ないでしょ。顔は。リリーさんの方が年上なんだから当然でしょ。リリーさんはこんな所で何をしてるんです?」
「そんなの、ご飯食べに来たに決まってるじゃん。ツッキーって馬鹿?」
「よくここで食べてるんですか?」
「だって、クーちゃんのデザートめっちゃ美味しんだぜ」
ニシシとリリーが笑い
「ところでさぁ。ツッキー。目の前の子はもしかして彼女かい?」
リリーは天音を見て尋ねた。
「いえ、ち、違いますよ! 私が彼女なんて、そんな……」
天音が慌てて否定しているが後半は声が小さくなってしまい聞き取れなかった。
「その嬢ちゃん、葉月の助手なんだとよ」
代わりに久我が答えた。
「あっ、はい! 助手の天音です」
「へぇ~、ツッキーが助手を取ったのかい。偉くなったもんだね~。でも、どう見ても彼女の方が強そうじゃないかい」
葉月の肩をポンポンと叩く。
「それ、久我さんにも言われたけど……」
「そりゃ、言われるだろうぜ。ねぇ、君だってそう思うだろう」
リリーが天音に同意を求める。
「えっと、そうですかね……」
天音は苦笑いしている。
「そりゃそうさ。二人の纏う魔力量を比べただけでも相当な差だぜ。それにツッキーの魔術を知ってる身としてはね~。それよりクーちゃん。いつものお願いするぜ」
「おうよ。リリーも座って待ってな」
「了解。じゃあ、ボクはカウンターに座るとするよ。君たちの邪魔をするほどボクも野暮じゃないぜ」
久我は厨房へ戻り、リリーはカウンター席に座った。
「あの人も知り合いなんですよね」
「あぁ。師匠の所によく来てたんだよ」
「そうなんですね」
モグモグと天音は食事を再開する。
「で、協会の仕事なんだが、これにしようと思うんだが、天音はどう思う?」
葉月はタブレット端末を天音に手渡す。
「これってランクFって表示されてますが、どのくらいの難易度なんですか?」
「え? 六段階目だろ」
当然とばかりの態度で葉月が言う。
「下から何番目かを聞いてるんです!」
「あぁ~、下から一番目だな」
「最低ランクじゃないですか!」
「まぁ、そうなるな」
「せめてDランクくらいにしませんか? 私もついてるのですから大丈夫ですよ」
天音がタブレット端末を操作しDランクの依頼を表示させる。
Dランクの依頼はFランクの薬草探しなどの依頼とは危険度が桁違いに違う。
実際に葉月一人で出来る依頼など薬草探しか、簡単な討伐依頼のみである。
「いや~、せめてEぐらいにしとかないか」
弱々しく葉月が訪ねる。
「大丈夫ですって、私がなんとかしますから」
自信満々に天音が言う。お互いに譲らず決定できずにいると
「おや、おやぁ? 耳障りな声が聞こえると思ったら、珍しいのがいるじゃない。お前が何をしに来たのかしらねぇ?」
品のない甲高い声が響く。振り返ると、女性用の着物を着た線の細い男が立っていた。
「あぁ、仕事を貰いに来たんですけど、白木さんもですか?」
苦笑いしながら葉月が返事する。
「お前なんかと同レベルにしないでくれるかしら。無能が。どうせ最低ランクのクズなものでも貰いにきたんでしょ? 魔術もろくに使えないくせによくも未練がましく魔術師を続けいれるわね。あ~、ヤダヤダ恥ずかしいと思わないのかしら。ねぇ、貴女もそうは思わない?」
着物男、白木は天音に愛想笑い向ける。
「申し訳ないのですが、その問いには同意することは私には出来ません。魔術師の目的なんて人それぞれなんですから、それに他人が口出しして良い事ではないはずです」
天音は冷ややかな態度で返す。
「おや? これは失礼。まさか、霧島をかばう人がいるなんて思わなかったわ。ところで、貴女も魔術師なのでしょう。どうして霧島なんかと一緒にいるのかしら?」
「私は葉月さんの助手ですから」
天音が迷いもなく答える。
「じょ、助手ですって? これの?」
大袈裟に驚く白木に対し
「そうです」
天音は、なぜか誇らしげだった。
「あなたは知っているのかしら、霧島の魔術を?」
「えぇ、知ってます」
「なら。わかるでしょ。霧島がどんな愚かなことをしたのかを! それが魔術師にとって何を意味するか、魔術師である貴女ならわかるわよね」
「わかります」
天音は白木の言葉に大きく頷く。
「魔術師とは自身の魔術を至高にまで高める為に、それを次の世代に引き継ぐ為に存在するのよ。霧島は魔術師としての在り方を放棄したのよ」
「……」
魔術師として生まれ、高みを目指す者としては当然のセリフだと天音は思う。
しかし、葉月がふざけた理由でリスクしかない召喚魔術を選んだとは考えられない。
「まともな魔術一つ使えない。魔術師に夢を抱くだけの恥知らずの生霊。それが霧島なのよ」
白木は品のない笑顔で葉月を見る。
葉月は何も言わず白木の言葉を受け入れ、ただ苦笑いし頬の傷を掻いていた。
「魔術協会のノルマギリギリのラインでしか仕事を受けない。魔術師としての研究も鍛錬もまともにしてないのよ。そんな奴の助手だなんて貴女が不憫で仕方ないわ」
「……」
「いいわ。単刀直入に言うわよ。貴女さえ良ければ、あたし達と一緒に同行しないかしら?」
「白木さん。それは天音を勧誘してるんですか?」
葉月は確認の為に問いかける。
「黙りなさい、無能が! お前には聞いてないわ! そもそも私はお前が魔術師であることを認めてないのよ」
「そう言われてもなぁ……」
「霧島ごときと組んで彼女が苦労するのが目に見えているのですから、私が声をかけるのは当然でしょ」
「……」
獣のように鋭い瞳で睨まれ葉月は黙る。
「で、どうなの。貴女さえ良ければランクCの仕事に同行できるわよ。さっき、貴女はDランクの仕事を受けたいと言っていたでしょ。足手まといがいないなら私とCランクでも構わないでしょ?」
「ありがとうございます。お誘い頂いたのは大変嬉しいですが……結構です! 私は葉月さんと二人でCランク依頼を受ける事にしてますので!」
はぁ? と葉月と白木は天音の顔を窺う。
天音はタブレット端末を操作しCランク依頼を選択すると付属のペンでサインしてしまった。
「はい。葉月さんも早くサインしてください。このままだと私一人でランクCを受けないといけなくなってしまいますよ」
「あ、あぁ」
差し出されたタブレット端末に葉月もサインする。サインし終えたタブレットを天音が奪い取り承認ボタンを押してしまった。
一瞬だけ見えた天音の苗字が九法と書かれていたように見えた気がしたが……見間違えだっただろう。
もし九法だったら天音は、日本最大の魔術一族の一員ってことになる。名家中の名家だ。
「一つ聞いてもいいかしら」
白木が静かに尋ねる。
「なんでしょう」
天音が首を傾げる。
「貴女はどうして、そんな奴を選ぶの? どう考えても私と組む方が得するわよ」
「そんなの決まってます。私が葉月さんのことを好きだからです」
「ぶっ」
天音の爆弾発言に葉月は飲みかけたコーヒーを噴き出した。
「汚いです。葉月さん」
「いや。悪い」
「たった、それだけなの……」
「ええ、たったそれだけです。でも、私にとっては重要なことです。私の為に言ってくれているのかもしれませんが、葉月さんを馬鹿を、私の大切な人を馬鹿にするような魔術師は嫌いです」
だから、と一呼吸開けて
「私はあなたと一緒に行動することはありません」
天音は白木の目をまっすぐに見据えに明確なる拒否を示した。
「あっ、ははははははっははは」
「……?」
大声で笑いだした白木に天音はびっくりしていた。
「貴女の言う通りよ。好きなら仕方ないわね。困難なんて超えてしまいなさい」
「へっ?」
「私の負け。流石に私もここまできっぱり拒否されてまで、貴女の邪魔をするほど野暮じゃないわよ。でも、その男に愛想を尽かしたらいつでも私の所に来ていいわよ。私はいつでも貴女を歓迎するわ」
「そんな事にはならないですよ」
「あら、残念」
それだけ言うと白木は店を出って行った。




