黒猫の尻尾
喫茶店、黒猫の尻尾はアンティークで飾られた落ち着いた空間だった。
電灯は最低限しかついておらず、外からの日差しが店内に入り込みテーブル席を照らしている。
その光景は礼拝堂のようだった。
「お客さん……誰もいないですね」
「まぁ。昼飯時は過ぎてるしな」
自分の店のことのように葉月が苦笑いする。
「隠れた場所にあるのも影響していませんか? それに人払いまでされてるみたいですし」
「魔術師専用のカフェだからな」
「魔術師専用ですか?」
「そうだな。ここは食事の他に、魔術協会からの仕事を受ける事ができる場所なんだよ」
「はぁ~、ここが、そうなんですね。へ~、初めて来ました……あれ? 葉月さん」
「ん? どうした?」
「ここで食事出来るなら先にハンバーガー食べなくてよかったんでは」
「いいんだよ。ここで、ちゃんと食べようと思うと高く付くからな。飲み物を頼むくらいでちょうどいいんだよ。じゃ、窓際にでも座るか」
葉月と天音はテーブルを挟んで向かい合うように座る。
「よぉ。いらっしゃい。久しぶりだな。葉月」
注文を取るために店の奥からこんがり焼けた肌が特徴的なスキンヘッドの大男が出て来た。
「お久しぶりです。久我さん」
「なんだ。お前が店に来たってことは……飯でもたかりにきたのか?」
「違いますって! 金欠なのは認めますが、たかりに来たんじゃなくって、仕事を貰いに来たんですよ。仕事を」
「おお、そうだったか。悪い、悪い。じゃ、まずは何か注文しろ」
と、メニュー表を葉月と天音に渡す。
「久我さん聞いてました。俺、金欠って言いましたけど……」
「あぁ、ちゃんと聞いてたさ。後払いって事で仕事の料金から引いといてやるから気にすんな」
やっぱり奢ってくれないらしい。
「そうっすか……了解。決めたら呼びますよ」
それだけ言ってメニュー表に目を向けた葉月の肩に久我が手を乗せた。
「なぁ、ところでよ。葉月。その子の紹介はなしか?」
クイっと指を刺された天音がビシっと立ち上がり
「わ、私は、葉月さんの所でお世話になっております。天音と申します。どうぞお見知りおきを、よろしくお願い致します」
ガチガチに緊張して自己紹介した。
「天音。大丈夫だぞ。久我さんって見た目はあれだけど、怖くないから」
「お前が言うな。俺もお前も人相の悪さは変わらんだろ」
葉月は頬の傷を掻きながら微笑する。
天音が再び椅子に座る。
「にしても、お前さんも物好きだな。葉月みたいなのと一緒にいるなんて、こいつに仕事の依頼でもしたのか?」
「久我さん違いますよ。天音は依頼人じゃなくて、住み込みのバイトです。つまり俺の助手です」
葉月がすぐに言い直す。
「葉月……お前……」
「何です?」
「ちゃんと金払ってやってるのか? ただ働きさせてないよな?」
「依頼料金は山分けしますよ。ちゃんと!」
「それにお前の方が助手なんじゃないのか?」
「違いますって。俺の助手!」
「どう見てもお前より、嬢ちゃんの方が優秀だと思うんだが」
「それは……否定出来ないんですけど……」
「だろ、お前はもう少しちゃんとした仕事を受けて訓練しろ」
「俺にちゃんとした仕事が出来るわけないでしょ」
「やってみなきゃわからんだろ」
「いや! 分かります。俺が基本的な魔術すら使えないの知ってるでしょ。受けた所で中途半端な結果にもなりませんよ」
「まぁ、それは……そうだな」
「そうでしょ」
葉月の言葉に頷く久我。
「葉月さん。納得されちゃダメな気がしますけど……」
「嬢ちゃんの言う通りだ。せっかく嬢ちゃんが助手についてくれてるんだ。たまには俺に良いとこみせてみろよ」
久我の豪快な笑い声が店中に響き渡るのだった。




