下校
終業式終了後の教室には部活に参加していない生徒が数人残っているのみだった。
天音には終業式が終わったら、学校近くの橋で待ち合わせしている。
急いで帰り支度を済ませ、葉月は下駄箱へ向かう。
靴を履きかえようと、下駄箱を開けたと同時に天井のスピーカーから校内放送が流れ出した。
『二年三組の霧島葉月君。至急、進路相談室まで来なさい。二年三組の霧島葉月君。至急、進路相談室まで来なさい』
「……」
葉月は間の抜けた顔のまま、三十秒ほどスピーカーを見上げていた。
霧島葉月とは、この学校に自分以外誰もいなかった。
放送を使ってまで呼び出されるなんてこと自体が珍しいが、進路相談室に呼び出しとなるとかなりの問題を起こさないかぎりないだろう。
流石に見た目だけで呼び出されたりはしないだろう。
しかも今の放送の声は、葉月の担任教師のものだった。
何かしら問題を起こした記憶は……ないが
もしかして、成績のことだろうか?
それなら職員室でいい気もする。
それに、そんな悪い成績を取った覚えはない。
あれこれ考えても仕方ないので、葉月は進路相談室に向かった。
とは言っても、進路相談室は玄関からゆっくり歩いても二分かからない位置にある。
入り口の前で深呼吸し、覚悟を決める。
ノックをしようとしてやめる。
天音を待たせているし、放送を聞く前に帰っていたことにして帰ろうかな……と、悩んでいると
「いつまで扉の前で突っ立てる気だ?」
後ろから声をかけられて、葉月はびっくりして振り返る。
そこには筋肉ではち切れそうなスーツを着た、担任教師の武内先生が立っていた。
「え、あ、はい。武内先生。俺にいったい何のようですか?」
葉月は恐る恐る聞いてみる。
「言わなくても、入ればわかる」
とだけ言い、部屋に入るように促す。
嫌な予感しかせず、恐る恐ると扉を開ける。
もたもたする葉月の背中を武内先生が進路相談室に背中を強引に押し込んだ。
中に入った瞬間、一気に肩の力が抜けた。
進路相談室は通常の教室の半分くらいの広さで、書類がぎっしり詰まった棚のせいでだいぶ狭く感じる。
その中心にある応接用のソファーに見慣れた少女が腰かけていた。
「天音……なんでここにいるんだ?」
「ん? あっ、ふぁつきはん」
葉月に呼び掛けられた少女は振り返り、口一杯にカステラを頬張ったまま手を振ってきた。
それを見て武内先生は頭を抱える。
「呼び出された理由は理解したな?」
「まぁ、大体は……」
葉月はすぐに理解出来た。
生徒でもない少女が学校に入り込み、しかも親族でもない葉月の名前を口に出したのだろう。
「天音なんでここに?」
「いえ、葉月さんの学校を見てみたくなりましたので。それに暇でしたので」
「そうか……」
武内先生が天音の正面に座る。
「霧島」
座れと言いたいのだろう。
葉月はお茶を啜る天音の横に座ろうとする。
「いや、座る前に茶を入れろ。湯はポットに入ってる」
と、武内先生が指示をする。
「あっ、私ももう一杯欲しいです」
「自分でやれ」
「葉月さん酷いです。仕方ないですね」
「お前が入れてやれ、霧島。一応は客人だ」
立ち上がろうとする天音を武内先生が手で制す。
「霧島。追加の湯呑は一つでいいぞ」
天音の湯呑はあるから……
「先生は飲まないんですか?」
入れろって言っておいて、葉月の為だったのか
「はぁ? 何、バカなこと言っているんだ、お前は? お前の分がいらないんだよ」
「……」
「冗談だ」
笑えなかった……
三人分のお茶の準備を済ませ、葉月がソファーに腰を下ろした。
どう言い訳をしようかとお茶を一口含んだ所で、武内先生がいきなり切り出した。
「今、一緒に住んでるんだってな」
葉月はお茶を吹き出した。
「あ、天音話したのか!」
「え、あっ、はい。聞かれたので……」
こいつはアホなのかと思いつつ、この場をどうやって切り抜けるか、葉月は脳みそをフル回転で考える。
「えっと、天音は僕の遠い親戚で……」
「ほう。その子には四日前に初めて会ったと聞いているが?」
「いや、えっと……今まで会った事のなかった親戚で」
「他人なのに親切にしてもらったと聞いてるが?」
終わった……
「……すいません」
「最初から素直に認めておけ」
「いや、でも、未成年の男女が二人っきりで……」
そこまで言って葉月は恥ずかしくなり俯いた。
隣では同じように天音も俯いていた。
「そういう事だ。今、霧島は両親の所を出て一人暮らしをしている。そこに同じ年くらいの少女が寝泊まりしている。教師として見過ごす訳にはいかない状況だよな。それに本来なら両親にも報告しないといけない状況でもある」
「……」
真剣な顔で武内先生は葉月を凝視する。
「だが、霧島は信用できると、絶対に大丈夫だとその子は言ってる。だから、俺は今回の件は知らなかった事にする」
「……」
唐突過ぎる展開について行けない葉月の横で、天音はクスクスと笑っている。
「そのなんだ、その子の熱意に感謝するんだな」
武内先生はボリボリと頭をかく。
「えっと……、はい」
葉月が来る前に話は済んでいたのだろう。
「ただし、何かやらかしたら停学程度じゃ済まんぞ。知っていて放置した俺も同罪だから一緒に学校を消えることになるからな。覚悟しておけ」
「あっ、は、はい」
葉月の想像だが武内先生は釘を刺すために葉月を呼び出したのだろう。
「霧島にそんな度胸はないだろうがな」
「そうですね」
「……」
二人に存分に笑われた後で、葉月は天音を連れて進路相談室を出た。




