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ダメ魔術師の優しい魔法  作者: 辻流太
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仮契約

 一度家に帰り、アンジュを部屋に置いて昼飯と夕飯の買い出しに向かおうとした葉月だったが、アンジュが服を掴んで離してくれなかった。

 仕方ないので一緒に買い出しに出かけようと思ったのだが、アンジュの様子を見ると人が多いところに出かけるのは流石に無理だろうと思い、昼飯は黒猫の尻尾で食べることに決めた。

 この時間でもあの店なら客も少ないだろう。

「こんにちは。久我さん」

「おぉ、葉月か。何しに来た?」

 色黒スキンヘッドの大男がカウンターの奥の厨房から顔を出してきた。

 相変わらず客のいない店の様子に、少し安心したのかアンジュの繋いだ手の力が緩んだ。

「今日は昼飯を食べようかと思いまして」

「そうか、で? 今日は子連れか?」

「えぇ、まぁ、成り行きで」

 ジーっとアンジュが葉月を見上げている。

「この人は大丈夫だから気にするな。俺の知り合いだから」

「オニイチャンのトモダチ?」

「う~ん。友達ではないかな。何ですかね?」

 葉月は久我に尋ねる。

「俺はお前の師匠……でいいのか?」

「師匠ですか……そうですかね?」

「俺もお前の師匠って言うには微妙な気分なんだよな。クロエさんがいたし、俺はお前を弟子だと思ってないしな」

「そうですよね……」

 二人して微妙な顔になる。

「オニイチャン?」

 アンジュが繋いだ手に力を込める。

「まぁ、久我さんはアンジュに噛みついたりしないから大丈夫だぞ」

 葉月がアンジュに言い聞かせると

「アホか! 噛みつくわけないだろ」

 久我もニッと笑って答えた。

「それより、飯にするか」

「うん」

 アンジュを連れて葉月は席に座ろうしたのだが

「葉月。その子、普通じゃないだろ?」

 久我はアンジュを見ながら言ってきた。

「……やっぱりわかります」

「あぁ、人間の魔力じゃないだろ」

「アンジュ。フード脱いでいいぞ。久我さんは大丈夫だから」

「うん」

 アンジュがフードを脱ぐと、金色の髪が広がり深紅の瞳が久我の前に現れる。

「……葉月……お前、その子って」

 久我が驚愕していた。

「吸血鬼です」

「だよな……俺も実物を初めて見たぞ。お前はアイルミストの弟子になったり、九法の婿になったり、吸血鬼と一緒に飯とか異常だぞ」

 久我は呆れている。

「そうですかね」

「あぁ、で? そいつとは契約はしてるのか?」

「契約?」

「お前じゃ契約魔術なんてどうしようもないよな……」

「えっと、久我さん?」

 久我が考え込んでいる。

「葉月。お前のコイン一枚寄こせ」

「へぇ?」

 言われるがままに葉月は召喚用のコインを渡す。

「座って待ってろ」

 久我がカウンターの奥に行ってしまったので、葉月はアンジュを連れて窓際の席に座った。アンジュは葉月の向かいの席に座らず真横に座る。

「さて、アンジュは何食べる?」

「なにがオイシイの?」

 子供向けの食べ物は……

「カレーライスとか、ハンバーグか?」

「じゃ、リョウホウたべるー!」

「……両方食べるのか?」

「リョウホウオイシイならたべたい!」

「なら、ハンバーグカレーにしてもらうか」

「うん!」

 メニューを決めた葉月は携帯電話を取り出す。

「なぁ、アンジュはどのゲームが楽しかった?」

「えっとね、さいごのゲームがたのしかった」

「音ゲーか……あ~と、これでいいか」

「なに?」

 葉月は携帯電話を操作し、アプリをダウンロードする。

「これ、やってみるか?」

 アプリを起動し、アンジュに携帯電話をわたす。

「これはどうするの?」

「これは、えっとな」

 葉月はアンジュに操作方法を説明する。ほうほうとアンジュが頷く。

「うん。だいたいわかった!」

 そう言ってアンジュはゲームに集中しだした。

「じゃ、久我さん戻るまでやってていいよ」




 久我が戻って来たのは十分ぐらい経った後だった。

 アンジュは携帯電話の音ゲーアプリをし、葉月は店に置いてあるタブレット型コンプーターを操作していた。

「おい、葉月!」

「あっ、久我さん注文したいんですけど」

「あ? そんなのは後だ。いったん仮契約しとけ」

 葉月の召喚用のコインに穴が開いており、ネックレス用のチェーンが付いていた。

「仮契約?」

「お前、吸血鬼狩りの連中にこの子が狙われていいのか?」

 ゲームをしていたアンジュの手が止まり、葉月の服を掴む。

「仮契約するとどうなるんですか?」

「契約すれば使い魔と同じ扱いになるから、他の魔術師がその子を襲った時に魔術協会が手を貸してやることができる。ただし仮契約だからな。本契約と違ってパスが直接繋がってないからな、ネックレス外したら意味はないと思えよ。まぁ、手を貸してもらえる代わりにその子が問題を起こせばお前ごと魔術協会に消されるけどな。」

「……」

「仮契約の相手が吸血鬼だ。お前が背負うには重すぎるだろうが、知らなかったじゃ納得できないだろ? どうするかはお前が自分の意思で決めろよ」

 真剣な表情の久我が葉月を真っ直ぐにとらえている。

「ありがとうございます。しっかり考えて決めます」

「あぁ、頑張れよ」

 ニッと笑うと久我は葉月の肩をトントンと叩いた。

「じゃ、久我さん。ハンバーグカレーとミートパスタで」

「おぉ、今日は食ってくんだな」

「えぇ、お願いします」

 注文を聞き終えた久我は厨房に戻って行った。

「ふ~、じゃ、アンジュ」

「なに? オニイチャン」

 横に座るアンジュに身体を向ける。アンジュも同じように葉月の方を向く。

「アンジュ大事な話するぞ」

「うん。カリケイヤクするの?」

 首を傾げるアンジュ。

「アンジュが俺の話を聞いて嫌じゃなければ」

「オニイチャンにイヤなんてないよ。アン、オニイチャンすきだから」

「ありがとな。でも、ちゃんと聞いとけよ。アンジュの人生だ」

「うん。わかった」

 アンジュが大きく頷いたので、葉月は話を続ける。

「アンジュ。俺は吸血鬼じゃない」

「うん。しってる。コンケツシュなんでしょ?」

「いいや。俺はただの人間で、魔術師でも落ちこぼれの分類なんだよ」

「えっと……」

「ごめんな」

「オニイチャンのせいじゃないよ。アンがちゃんときかなかったからワルイの」

「俺がちゃんと否定しなかったからな」

 俯くアンジュの頭を葉月は優しく撫でる。

「……」

「俺はアンジュが望むらな仮契約してもいいと思ってる。俺なんかじゃ心配だろうけど、俺を信用してくれるなら、絶対に俺はアンジュの味方してやる」

「オニイチャンはいいの? アンジュで?」

「あぁ、俺はアンジュ好きだからな」

 アンジュは目を見開く。

「どうしてニンゲンはキュウケツキがきらいなんでしょ?」

「吸血鬼とか関係なく、アンジュだからだよ」

「ありがと、オニイチャン。アンもオニイチャンすき」

 そして葉月はアンジュの首に召喚用コインのついたネックレスをかけた。

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