一月一日
両手に大量の紙袋を抱えた霧島葉月は一点を見つめたまま五分ほど突っ立っていた。
「買うんですか? マフラー」
背後から声をかけられた葉月は振り返る。そこには栗色の長い髪を後ろでちょこんと結わえた少女が緑色の瞳で見つめていた。
少女の名前は九法天音。葉月の助手? だと思う。
「ん~、今悩んでるところ」
葉月は頬の傷を搔きながら考え込む。
「今なら三十パーセントオフじゃないですか。買ったらいいんじゃないですか?」
天音は値札を見せてくる。
「あぁ、そうなんだが……今月はきつくてな」
「今月はじゃなくて今月もの間違えじゃないんですか?」
「それは……そうなんだが……」
肩を落とす葉月の肩に、天音はそっと手を置く。
「私が買ってあげましょうか?」
「助手に買ってもらうのもどうかと……」
「いえ、今日は私の買い物に付き合っていただいてるんですからお礼だと思ってください」
ささっと天音はマフラーを掴みレジに向かってしまった。取り残された葉月はどうしていいものかわからずその場で待つ事にした。
しばらくして天音が戻って来た。
「はい。葉月さんどうぞ」
マフラーの入った袋を渡す。
「あぁ、ありがとな……」
葉月は受け取ろうと手を伸ばした所で、自分の両手がすでに福袋でいっぱいだったことを思い出した。
「あっ、そうでした。すいません。荷物持たせたままでしたね。私が持ちます」
「いや、マフラー買ってもらったし、俺が持つ」
「それなら」
天音は袋から買ったばかりのマフラーを取り出すと、指先からバッチっと電気を発生させ値札を綺麗に取り外す。そして葉月の首に巻き付けた。巻き付けるときに天音の顔が近づきいい匂いがした。
「これならいいですね」
「あぁ、そうだな」
ニコっと笑う天音の顔を、葉月は直視できなかった。
「もうこんな時間ですね。荷物を車に預けてお昼ご飯にしましょう。この後は七海と合流予定ですから」
そして二人は九法の車に天音の荷物を預け、昼飯予定の場所に向かった。
「……ここって」
天音に案内されたどり着いたのは、葉月の家だった。
「はい。七海から言われたんですけど……もしかして聞いてませんでしたか?」
「あぁ、聞いてない……」
「そうなんですね……すいません」
「いや、七城が決めたんだろ? なら、天音は悪くないだろ」
まぁ、別に葉月の家で鍋をするのは問題ない。どちらかと言うと外食するより安上がりなので助かる。暖房器具がないので寒いだけだ。
「そうなんですけど、先に言っておけばよかったと思いまして」
そんなことを言いながら、二人は階段を上がり部屋の鍵を鍵穴に差し込む。
「ん?」
「どうかしたんですか? 葉月さん」
「いや、鍵が開いててんでな。たぶん閉め忘れだ」
葉月はドアノブを回し扉を開けた。
瞬間、パンパンと大きな音が二発なった。
「A HAPPY NEW YEAR 天音。今年もよろしく。あとついでに葉月も」
そこにはクラッカーを持った七海と、クラッカーから飛び出した紙吹雪を片付けるメイドの七菜ががいた。
「明けましておめでとうございます。七海も七菜さんもよろしくお願いします」
ニコリと天音が言うと
「えぇ、本年もよろしくお願いいたしますわ。九法天音様。霧島葉月様」
七菜が深々と頭を下げる。
「今年もよろしく。ってか、なんでお前らは人の家に無断で上がり込んでるんだ?」
「それは鍵が開いてたからよ!」
「そうなのか……」
腰に手を当て胸を張り堂々と七海が言い放ったので、やっぱり鍵をかけ忘れたのかと葉月が気を付けないとなと反省しかけたところで
「葉月様は気になさらなくていいですわ。私がお嬢様に頼まれて開錠いたしましたから」
「……」
七海は七菜の裏切りに「あっ」と声を漏らした。そんな七海を葉月は軽く睨む。
「いや、あんな貧弱な鍵なんて無いも同じよ。ね! 天音もそう思うでしょ」
「ここのセキュリティは低いと思いますけど、取られるようなものが別に無いような……」
「……」
葉月は精神にダメージを受けた。
「まぁ、葉月の家なんてどうでもいいじゃない。さっさと鍋始めましょ。もう七菜が全準備終えてるからすぐにでも食べれるわよ」
「そうですね。さっさ、葉月さんも行きましょう」
先に部屋に行ってしまった七海と七菜の後を、葉月は天音に背中を押される形でついて行ったのだった。
「はぁ~、食った。食った」
鍋で満腹になった葉月はコタツに足を入れたままゴロンと寝転がった。葉月の家にコタツや火鉢など存在していなかったのだが、七海が寒いのは嫌と言った事で急遽七菜が買いそろえてきたらしい。ものの一時間程で暖房器具と鍋の準備を揃えた七菜は優秀だと葉月は思う。一家に一人欲しいメイドである。
「お行儀が悪いですよ。葉月さん。食べてすぐ寝ると牛になりますよ」
「ウチももう無理。少しも入らないわ」
と言って七海も寝転がった。
「葉月の足、邪魔よ。コタツから出しなさい」
「嫌だね。もう動く気はねぇ」
葉月と七海はコタツの中で蹴り合う。
「このコタツはウチが買ってきたのよ」
「買ってきたのは七菜さんだろ」
「お金はウチがだしたわよ」
「……」
葉月は諦めて足を出す。
「二人は仲がいいですね」
「どこがよ」「どこがだよ」
葉月と七海が同時に否定し、それを聞いて天音が声を出して笑う。
「ふっふ、やっぱり仲良しですね」
「違うって言ってるんだが……まぁ、いいや。俺は七菜さんを手伝ってくるな」
「ねぇ。葉月って七菜だけなんでさん付けなのよ?」
寝転がったままのだらしない姿勢で七海が聞いてくる。
「そりゃ、年上には敬語は当たり前だろ」
「……七菜ってウチや天音と同じで十六で、あんたより年下よ」
「……えっ! でも、この前車を運転してただろ」
車の運転をしていたし、七菜の落ち着いた雰囲気がそう見せていたのだろう。
「無免許よ。そんなことよりあんたねぇ……さすがの七菜も傷つくわよ」
無免許運転がそんなこと扱いでいいのかとも思うが……
「あぁ、気を付ける」
葉月は台所に向かう。
「葉月様。私ってそんなに老けているのでしょうか?」
「……」
聞こえていたらしい。七菜が少し悲しそうに眼を伏せている。
「あぁ、すいません! 俺もそんなつもりじゃなくって、なんと言いますか。七菜さんの落ち着いた感じとか、気配りとか、なんでも出来るから、なんとなくそう思っただけですから」
「ふっふ、いつもの事ですから気になさらなくてよろしいのですわよ。それに葉月様も敬語は使わなくて構いませんから楽にお話ししてくれると私もうれしいですわ」
食器を洗いながら笑う七菜は年相応に可愛らしかった。
「あぁ、そうさせてもらうな。七菜……さん」
「ふふっ、ゆっくり慣れればいいですわ」
「そうか、七菜さん。なんか手伝うことあるます?」
「なんか、しゃべり方がおかしくなってる気が致しますが……では、デザートに準備している果物を切って頂いてよろしいですか?」
「あぁ、任せとけ」
洗い物をする七菜の横で葉月はリンゴと梨の皮を剥き切り分ける。そしてイチゴを洗い皿に盛りつける。
葉月は考える。この果物を持って行くと確実に何も残らない気がする。
「七菜さん。食べる?」
「私が食べてもよろしいのでしょうか?」
「いいに決まってるだろ」
「そうですわね……」
七菜は洗い物の手を止めて、自分の手に持った食器を見つめる。
「葉月様。申し訳ございませんがイチゴを食べさせていただいてもよろしいですか?」
「……えっ?」
少し顔を赤らめて葉月の方を見る七菜。
「いえ。食べたいのですが……手が空いておりませんわ」
女の子に食べさせるのは葉月にとって難易度が高いことだ。しかし今回は自分から食べないかと言っている上に、七菜も恥ずかしいのに葉月に頼んでいるのだ。ここで引いてしまうと、葉月が七菜の事を嫌がっているように見えてしまうのではないのか?
葉月は数秒間、葛藤した後、食べさせる決意をした。
「じゃ、じゃあ、どうぞ」
イチゴを掴んだ葉月の手が七菜の口元に近づく。
「何やってんの?あんたは」
葉月の手からイチゴが消えた。消失したイチゴは七海の手に持たれている。
「いや、何って、七菜さんに食べさせようかと……」
「見ればわかるわよ。ウチの大事なメイドに手を出すんじゃないっての!」
七海は手に取ったイチゴを七菜の口に放り込む。七菜はモグモグと味わい飲み込む。
「とても美味しいですわ。お嬢様」
「それはよかったわね。七菜は昔からイチゴ好きよね」
「あら、それ以上にお嬢様が好きですわ」
ニコニコスマイルで七菜が恥ずかしげもなく答える。
「なっ、なに恥ずかしいこといってのよ」
一方の七海は全力で恥ずかしそうだった。
「本当のことですわ」
「そう、まぁ、いいわ。それより葉月もデザートあるなら早く戻るわよ。それと七菜も片付け終わったらさっさと来なさいよ」
「えぇ、もうひと掃除したらすぐに行きますわ」
十分後に部屋に戻ってきた七菜を合わせて四人はカルタやトランプをして時間を潰したのだった。
カルタもトランプも七菜が強すぎて手を抜いてもらわないとゲームにすらならなかったのだが、葉月は楽しい正月を過ごすことができたのだった。




