買い出し
「う~ん」
大手スーパーのお菓子売り場で天音はお菓子を棚から取っては唸り戻すという行動を何度も繰り返していた。
「菓子は一つまでだぞ」
「わ、わかっていますよ。だから悩んでいるんです」
天音が顔を真っ赤にして振り返る。
「は、葉月さん」
「あ?」
葉月の持っている買い物カゴを見た天音は立ち上がり近づいてきた。
「夕飯は鍋焼きうどんですよね?」
「そうだな」
「なら、これは必要ないですよね」
と言いながら天音が買い物カゴに手を伸ばす。
葉月はその手を避けた。
「……」
「……」
更に伸びてくる手を葉月は避ける。
避ける。
避ける。
避ける。
「どうして逃げるのですか!」
「いや、何か狙ってるようだから、ついな」
「だって、鍋焼きうどんに必要ないものがあったので……」
「あぁ、明日の朝はサンドイッチでいいかなと思ってな。その材料なんだが」
「朝はサンドイッチですか。サンドイッチは好きなので大賛成ですけど……トマトはいらなくないですか?」
天音の手が再び買い物カゴに向かう。より正確にはカゴの中、トマトへ。だが、葉月はその手をヒョイとかわした。
「トマト嫌いなのか?」
「嫌いです」
「好き嫌いは良くないぞ。特にトマトは身体にいいんだぞ」
「わかってますけど……トマトだけはどうしてもダメなんですよ。あの食感と味がどうしてもダメなんです。吐きそうになるんです」
ムスっと頬を膨らませる天音の顔はひどく子供っぽかった。
「じゃあ、トマトは俺の分だけにするか。それならどうだ?」
「分かりました。私の分には絶対に入れないでくださいよね」
「あぁ。入れない」
「絶対ですよ」
念押しした後、天音はお菓子を選ぶ作業に戻った。
天音の視線は棚に並ぶチョコレート菓子を見ていた。
「う~ん」
唸りながら何種類もあるチョコレート菓子を吟味する。
「これはダメなのか? 昨日美味しいって言ってただろ」
「ダメです。お菓子を買う機会なんてなかなかないんですから、食べたことないものを食べないともったいないです」
「そんな珍しい種類はないと思うけどな……」
「私の家はお父様が厳しくて、お菓子を買ってくれないんです。だから貰い物とか以外でお菓子を食べる機会がないんです。貰い物にしても箱に梱包されたようなお菓子ばかりでスーパーで売っているようなお菓子を食べたことがないんです」
それはそれで羨ましい気がするのだが、そんなもんかと葉月は納得しておく。
「そうなのか。なら、これはどうだ?」
沢山の種類の入ったお菓子を渡す。
「バラエティパックというやつですね。それも候補の一つなんですが……こっちの季節限定も食べてみたいんですよ。この機会を逃したら二度とお目にかかれない気もするので」
本気で悩む天音。そんな姿を見ていると葉月は自分が意地悪している気分になってしまった。
「……いいぞ。両方買っても」
「えっ! い、いいんですか!」
「まぁ、いいさ。今日は頑張ったしな」
「でも、お財布的には大丈夫なのですか? いろいろと大変そうでしたが……」
たった数日で葉月のお財布事情はバレていたようだ。
「そこは天音が気にしなくてもいいんだよ」
「でも、お世話になっている側ですので……」
「わかった! じゃあ、条件をだす。明日、別件の依頼を見に行くから、それを手伝ってくれるならいいぞ」
「わかりました。先払いということでお願いします」
子供みたいに笑う天音に、葉月の頬は自然と緩んでいた。
財布的にはピンチなのだが、これくらいの出費で喜んでもらえるならいいかなと葉月は嬉しくなった。




