葉月の魔法
「覚悟はいいんだよな。草加」
力が抜けぐったりしている天音を床に寝かせ、ゆるやかに立ち上がった葉月は身体に紫電を纏っている。
同じ声、同じ人物。それは間違いない。
それなのに
「なんだその自信……そえにその眼はまさか」
確かに現代でも存在は確認されている。
魔術協会にも専門の殲滅部隊が存在する程の化け物。
希少過ぎて出会うことなど皆無と言ってもいい存在。
伝説の魔物。
不死にして不滅の存在。
最強種と呼ばれる種族の一つ。
吸血鬼。
「いや、ありない……」
「あはははははははははっ、ありえない? 何故そう言いきれる? 魔術の世界にありえないなんてあるのか?」
葉月が笑う。それはまるで勝利を確信した者の自信に満ちた高笑い。
武藤と戦った後なのに、この余裕。
「さぁ、どうした? さっさと始めようぜ。俺を殺すんだろ。宣言しろよ。儀式への参加を。来いよ。対価はお前の命だ。さぁ、俺を楽しませろよ」
炎の様に燃え上がる真紅の瞳が草加を正面から捕える。
「くっ……」
思わず草加が後ろへ一歩下がった。
その姿を見て、不適に笑う葉月は、唇についた血を舐める。
まるで、血の味を楽しんでいるように。
(何だ、あいつは? 本当にまだ戦えるのか? ありえない。あの身体で戦えるはずがない。立っているのがやっとのはず。大丈夫だ。問題ない。私が負ける確率はゼロだ)
それでも草加は不安を抱かずにいられない。
(でも、本当にあいつは人間なのか? やはり、本当に、吸血鬼ではないのか……)
草加は不安を取り除けない。
葉月の鋭い眼光が草加を睨みつける。
「なぁ?」
静かだが威圧感のある声で葉月が問いかける。
「たかが、人間が空間転移の魔術を詠唱破棄で行使できると思うか?」
「……」
ビクッと草加が肩を振わせる。
視線だけで殺されてしまうんじゃないかと錯覚するほどの眼光で草加を見据え、葉月はあざ笑う。
心底楽しそうに。
(もし、あいつが吸血鬼だったら、対吸血鬼用の武器なんて持ち合わせていない私に勝ち目はあるのだろうか。武藤を。人狼を倒した。あいつに……)
どうして、こんな事になってしまったのだろうと、草加は考える。
いつも、いつも、いつも、兄と比べられ、お前は出来そこないだと言われる日々を過ごてきた。
いずれ、兄を超える。馬鹿にした連中を見下してやる。
九法を手に入れれば、その願いが叶うはずだった。
それなのに、それなのにだ。
「どうして、君は私の邪魔をするんだ……」
「邪魔? 違うだろ。お互いに天音が欲しんだ。なら、天音を手に入れる為に、お互いに殺し合うのは当然なんだろ? なんたって九法が始めた儀式なんだからな。だったら、決めようぜ。どっちが天音を手に入れるかを来いよ。お前の全部を欠片も残さず叩き潰してやる」
「くっそ……」
草加は歯を食いしばり、顔をしかめる。
「さぁ、どうする? 今の俺はさっきまでの俺とは段違いだぜ。なんたって、九法の血を啜ったんだ」
九法の血を啜った吸血鬼。
草加は腕時計を見る。
時刻は十一時二十分を回った所だった。
今から、二十歳以下の吸血鬼狩りを雇うのは不可能。
いや、そんな若い吸血鬼狩りの魔術師が日本にいるとは思えない。
あいつを、吸血鬼を倒せるだけの対吸血鬼装備を揃えるのも不可能。
草加に残された選択肢は、今ある装備を使い自力でこの化け物を倒す以外になかった。
人狼より上位の化け物。
「くっ……」
葉月の静かな眼光が、草加を睨み続ける。
それだけで草加の思考は乱れる。
「どうした? 怯えてるのか? なら、すぐ楽にしてやるよ。さっさと来いよ」
(ダメだ・・・・・・勝てるはずがない)
そう思った時、草加の戦いは終わった。




