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ダメ魔術師の優しい魔法  作者: 辻流太
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魔術師になった理由

 依頼人の少年に三毛猫を引き渡した2人は商店街に向かって歩いていた。

「あの~、葉月さん。私のおでこ大丈夫ですか?」

「あ~、赤くなってるな」

 前髪を持ち上げる天音の額を見ながら葉月が言う。

「やっぱりですか……ヒリヒリしますもん」

「思い切り踏まれたからな」

「あ~、もうっ! あの子も私が目を離したからって人の顔面を踏まなくてもいいと思いませんか!」

「猫も追いつめられて必死だったんだろうよ」

「でも! でもですよ。優し~く話かけたんですよ。私的にはかなりのフレンドリーな感じで」

「そうか? 俺には天音が怯えながら威嚇してたように見えたけどな……」

「あ、あれは仕方ないじゃないですか! 攻撃するわけにもいきませんし、それに私、捕獲系の魔術は苦手なんです!」

 天音が火花を散らし抗議する。

「そうだったのか……」

 知らなかった。自信満々で捕まえに行ったから余裕だと思ったなどと葉月には言えなかった。

 そんな事を言ってしまったら、天音の身体から今もバチバチと散っている火花の餌食になってしまう気がしたから。

「そう言えば、葉月さんって本当に魔術師だったんですね? さっき魔術も使っていましたし」

「そうだけど……何を今さら言ってるんだ? 最初にも言ったろ魔術を使う魔法使いだって」

「覚えてますけど、出会って葉月さんって屋根の修理とか猫探しとか買い物代行とかしかしてませんよ。普通、魔術師のやることではないと思うんですが?」

「あぁ、そうだな。魔術師はやらないな。でも、魔法使いにとっては立派な仕事だ」

「仕事かもしれませんが……どっちかというと街の便利屋さんがあってる気がしますよ」

「まぁ、そこは否定は出来ないな。でも、たまに魔術にかかわる依頼もしてるんだけどな」

 と呟いている葉月を天音は観る。葉月の身体を覆う魔力量は一般人よりも多い。

 それでも、魔術師としては致命的に魔力量が少ない。

「葉月さんって魔術師の家系ではないですよね?」

「あぁ、そうだな。師匠はいたけど、両親は魔術師じゃなく一般人。サラリーマンと主婦だな」

 魔力とは生命力の事であり、魔術を行使する為に必要なエネルギーのことである。

 魔術師は世代を重ねることで魔力量を増やし、親から子に一族の魔術を引き継いでいくものである。

 簡単に言えば、世代を重ねた魔術師は強くて、多彩な魔術を使えるということだ。

 たまに突然変異で一般人の中に強大な魔力を持って生まれる者もいるのだが、葉月には当てはまらないようだ。

「どうして魔術師になったんです?」

 じーっと見つめる天音の瞳は好奇心で輝いていた。

「どうしてか……」

 葉月が空を見上げる。

 つられて天音も空を見上げた。

「簡単に言えば憧れだな」

「憧れですか?」

 天音が首を傾げる。

「あぁ、子供の時に一度会っただけの人に憧れてさ」

「あ~、なるほど、わかりました! そう言うことですね! 葉月さんの命のピンチを魔術師に助けられた的なお約束展開ですね」

 天音はポンと手を叩き納得したように頷いている。

「お約束って……」

「アニメとかである展開ですよね。葉月さんは復讐の為に力が欲しくて助けてくれた魔術師の弟子になり、今もその相手を探しているんですよね」

 勝手に葉月の過去が捏造されている……

 天音の瞳は楽しそうにキラキラ輝いているが、その設定は葉月にとって楽しくない気がする……

 そう言えば、同級生から借りて家に置いてあったアニメが確かそんな設定だった気がする。

 昨日、天音が真剣に何かを見ていると思ったら、それだったか……

「いや~、その、期待してるところ悪いんだが……」

「あっ、すみません。別に面白がっているわけではないんです。ただ、なんと言いますか、燃える展開的な感じが、ではなくてですね。そうだったらカッコいいなとか思っているんでもなくですね。あ~、どう言ったらいいんですかね」

「ぷっ、はははっは」

 バタバタと慌てる天音の様子に葉月は噴き出してしまった。

「どうして笑うんですか?」

「いや、悪い。悪い。そんな期待してる程の面白い理由じゃないぞ」

「えっ! 違うのですか! なら、どうして」

「俺の憧れの人が沢山の人たちを次々に魔法で笑顔に変えたんだよ。本当に沢山の人が笑顔になってさ。その姿を見た時、俺もその人みたいになりたくなってな」

 小さい頃から見た目で怖がられ続けてる葉月にとって夢みたいな事だ。

「その人はどんな魔術を使ってたんです?」

「それが……魔術じゃなくて、魔法というか……」

「?」

 葉月が頬の傷を掻いて目を逸らす。

「笑うなよ?」

「笑いません。たぶん」

「……正直だな」

「約束は出来ませんので、さっ、どうぞ続きを」

「まぁいいか。じゃ、順番に話すぞ。まず、俺が憧れの魔法使いを初めて見たのが小学四年生の時。それから一年ぐらい探し回ってやっと魔術師に出会えたんだ。憧れの人とは別の魔術師だったけど……必死に頼み込んでなんとか弟子入りすることに成功したんだ」

「弟子入りしたのは小学五年生ですか……」

天音は異常だと思った。裏の世界で生きている魔術師を小学生がたったの一年で見つけ出すことなど普通にありえるはずがない。ただ、一度でも魔術師を接点があっただけ魔術に引き寄せられやすかったのかもしれない。

「師匠に弟子入りして一年位経った時に、たまたま見てたテレビに憧れの魔法使いが出演しててな。テンションが上がって師匠にも報告したんだ」

「へっ? 魔術師がテレビに出ていたんですか!」

 まぁ、天音が驚くのも当然だ。

 魔術師が表の世界にテレビに出演することなどあり得ない。まず、魔術協会がそんな事を許すはずがない。

「そう。手品師がな」

「……手品師? 魔術師は?」

「あぁ。魔術師ではなくて……手品師。あれは魔術師じゃないって師匠が言ってたから確実に間違いないだろうな」

「えっと……じゃあ、葉月さんは手品師に憧れて、間違って魔術師になってしまったんですか?」

「まぁ、よくある間違いだろ」

 驚く天音に、軽く返す葉月。

「ないですよ! そんな間違えなんて! ありえません! 手品師に憧れて魔術師になるなんて異常すぎます! 魔術を知らずに魔術師に出会うなんて……」

「そんなもんか?」

 葉月が照れくさそうに笑う。

 もし、一般人の葉月が魔術師の存在を知らずに魔術師を探し出した上、先ほど使用していた魔術が空間転移であったなら、葉月は天才なのかもしれない。魔力量は異常に少ないが……

「あの~、葉月さん」

「ん?」

「今から聞くことは答えなくてもいいです。本来、魔術師としてはマナー違反な事を聞きますので」

聞きにくそうに天音が尋ねてくる。

「うん?」

「葉月さんが使用した魔術は空間転移系の魔術ですか?」

「いや、ただの召喚魔術だけど」

「……えっ! 召喚魔術ですか? てか、言っちゃうんですか!」

「減るもんじゃないしいいだろ。召喚魔術で自分を召喚してるだけだな」

「えっと、私は召喚魔術に詳しくないのですが……そんな事が可能なんですか」

「可能だけど、当然リスクはあるぞ」

「リスク?」

「あぁ、他の魔術が一切使えなくなる」

 あっさりと爆弾発言をする葉月。

「えっ……どういうことですか?」

「魔術って基本的には自分の魔力量以上の魔法は使用できないだろ」

「そうですね。どんな魔術でもそれが基本ですね」

腕を組みうんうんと天音が頷く。

「召喚魔術も呼び出した者の力が召喚師の力を超えてならないって決まりがあってな。何体でも同時に召喚することは可能なんだが、召喚された者の力の合計が術師の力を超えることはできない。結局は魔力量に左右されるんだよ」

「それは、そうでしょうね」

 だから魔術師は血統を気にする。結婚相手だって何代続いた魔術師の家系なのかを最重要視するのだ。

「つまり俺の魔術は、俺自身を召喚してるから俺の召喚容量を全て使い切るんだよな~。しかも、自分自身の召喚解除なんて出来ないわけだから、永遠に俺はこの魔術以外を使えない。それがリスクだな」

「それは……」

 大き過ぎるリスクだと天音は思うと同時に、魔術師を目指すものが決して使用してはならない魔術だとも思った。

「アホだと思うだろ。師匠にも何度も言われたからな。でも、その時に必要な力だったし仕方なかったから後悔はしてないぞ」

 笑う葉月の顔は本当に楽しそうだった。本当に後悔はしていないのだろ。

 葉月が自身のことを魔術師ではなく、魔法使いと名乗る理由が分かった気がした。

「葉月さんは魔法使いになれて良かったですか?」

「あぁ、良かったぞ」

「ふふっ、即答なんですね」

 あまりに葉月の返事が早かった事に、天音は思わず笑ってしまった。

「天音はどうなんだ?」

「どうでしょうかね。生まれた時から魔術師になる以外の選択肢がなかったのでよくわかりませんね。でも、今は楽しいですよ。魔法使いの助手としてですけどね」

 ヒョイ、と天音がガードレールの上に飛び乗る。

周囲の視線など気にも留めず、天音はガードレールの上を鼻歌まじりにスタスタと歩く。

「落ちるなよ」

「落ちませんよ!」

 葉月の目線付近で、ヒラヒラとスカートが揺れる。

 見えそうで見えないスカートに葉月はドギマギしながら目を反らす。

「あ~、天音。晩飯何がいい?」

「そうですね~。今日は一段と寒いですし、温かい物がいいですね」

「なら、鍋焼きうどんなんてどうだ?」

「あっ、いいですね。鍋焼きうどんですか。おいしいですよね~。鍋焼き~」

 細いガードレールの上で天音が踏むステップは、まるで踊っているかのよう見えた。

「天音は鍋焼きうどん好きなのか?」

「好きですよ。昔、お母様が寒い日によく作ってくれました」

 天音がクルリと振り返り微笑んだ。

「へぇ~、じゃあ、天音の母親に負けないよう、気合入れて作らないといけないな」

「ふふっ、そうですよ。ハードル高いですよ。でも、葉月さんなら大丈夫ですよ」

 天音の笑顔のプレッシャーに葉月は気合を入れるのであった。


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