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ダメ魔術師の優しい魔法  作者: 辻流太
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挑戦者

 三十階に到着しエレベーターの扉が開くと、そこには巨大な扉があった。白を基調とする、高さ三メートルはある綺麗な扉だ。左右には、他に通じる扉が二つある。

 見える範囲には誰もいない。だが、草加がどこにいるかはなんとなく分かった。

「じゃ、行きますか?」

「ツッキーのタイミングでいいんだぜ」

 葉月が正面の巨大な扉を開く。

 扉の向こうには、白亜の大聖堂が広がっていた。格調高い空間に巨大なステンドグラスの光が色鮮やかに模様を描く。

 その光の中に草加は立っていた。白いタキシードに淡い青のネクタイを締め、片手にはワイングラス。

「ん? 君は確か、霧島だったかな?」

「あぁ」

「本当に来るとは思わなかったな」

 葉月を見て、草加に驚いた様子はなかった。

 分かっていたかのような、余裕な態度。

「なぁ、言った通りだろ。草加さん。あれはまた来るって」

 式場の椅子に座ったまま、こちらを振り返り白い歯を剥きだしにして笑う武藤。

「天音はどこにいる?」

「それなら、あっちだ」

 武藤が気だるそうに指差す。

 そこには扉があり、その前にひょろりと背の高い男が立っていた。眼鏡をかけた、異常に存在感の薄い男。

 葉月の視線に気づいても、無表情で立っている。

「御影っちが担当だったんだ」

「えぇ、私は九法専属の担当ですから」

 御影と呼ばれた男は、魔術協会の人間のようだ。

「で、なんの用です? 天音さんの花嫁姿でも見物に来たんですか。君は」

「いや、草加さん、あんたと話に来たんですよ」

「へ~、私に話ですか?」

「あぁ。単刀直入に聞きます。あなたは天音の事、本気で好きですか?」

 武藤が大きな声で笑い出した。

「……そんな事ですか。それなら好きですよ。当然じゃないですか九法は好きですよ」

 九法は?

「どうして自分で戦わないんですか?」

「そんな事を聞くために、ここまで来たんですか。馬鹿馬鹿しい」

 呆れたかのように、草加はため息を付き続ける。

「そんなの決まっているじゃないですか。より確実だからですよ。確実に手に入るのに無駄な事をしてリスクを上げたくないんでね」

「リスク……」

「そうですよ。一度でも負けたら終わりなんですよ。負けない為に最善を尽くすのは当然の事でしょ。私はそうやって欲しいものは全て手に入れてきたんですから。今回もそうです。それが私のやり方ですから」

「……」

 葉月は黙り込む。

 草加のやり方は効率的で、確実なのかもしれない。それだけ草加が九法に対して本気なのかもしれない。

 でも、

 それでも、納得出来なかった。

 葉月はちゃんと恋をしたことない。結婚なんて考えた事すらない。

 草加は逃げ出した天音を見て何も思わなかったのだろうか。連れて行く時、草加は天音の顔を見てなかったのだろうか。ちゃんと天音と話をしたのだろうか。

 何より、草加は九法が欲しいと、天音を欲しいものと言った。草加の事が葉月は許せなかった。

「……じゃあ、天音の気持ちはどうなる」

「気持ちですか? それこそ考えるだけ無駄でしょ。九法が自ら行っている儀式なんですよ。魔術師が今更、何を言ってるんですか。天音さんだって魔術に生きているんですよ。それぐらい覚悟の上でしょ」

 草加は頭を抱え、首を振る。

「そっか……そうだな」

 九法は一族の為に儀式を行い。

 草加は自身の為に天音を手に入れようとしている。

 魔術師としては正しい。

 なら、間違っているのは魔術の世界だ。

 葉月は何の為に天音を手に入れる?

 そんな事など、考えるまでもなかった。

「分かったなら、君も無駄な事してないで帰った方がいいでしょう。今なら下で暴れた件も無かった事にしてあげますよ。君も無駄死にしたくないでしょ」

「そんな気遣い必要ない。リリーさん、準備お願いします」

 嘲笑う草加に背を向け後ろに立った、リリーに話しかける。

「あぁ? どういう事です?」

 血走った目で草加が睨み付ける。

「オッケー。ていうか、後はツッキーがサインするだけだぜ」

「ありがとうございます」

「覚悟はいいんだね」

「えぇ。というか、覚悟はとうに決まってたんですけど……決意が固まった的な所ですかね」

 リリーから受け取った紙の下の欄に、葉月は血でサインする。

「君はいったい何をしているんですか?」

 草加は苛立たしそうに尋ねてくる。

「何って、俺も儀式に参加しようと思ってさ」

「あ? 何を言っている。君に参加資格ですよ。最低でも十代は続く魔術の家系の跡継ぎでないかぎりは権利を与えられない決まりです。九法も得体のしれない魔術師なんていれたくないはずですから」

 怒る草加を無視してリリーが葉月から紙を受け取る。

「では、相続のサイン確認致しました」

リリーはいつもと違う真面目な口調。

「相続?」

「これにより、クロエ・アイルミスト様の遺産を霧島葉月様に相続致します」

「クロエ・アイルミストだと……」

「そうだ。これで俺にも戦う権利があるってことでいいよな」

 驚きに表情を歪める草加に、葉月は宣言する。

「ありえない。アイルミスト家は三十二代続く魔術の家系だぞ。それにクロエはその中でも霧の賢者と言われた魔術師ですよ! 君は、何者なんだ」

「縁あって、クロエ・アイルミストに弟子入りした魔法使いだよ。これで条件は揃った。今から霧島葉月があんたの敵だ」


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