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ダメ魔術師の優しい魔法  作者: 辻流太
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急変

 意識を取り戻した葉月は食器を洗う。お粥に入っていた薬草が効いたのか、動けるだけの体力は回復した。

 天音は葉月が寝ていた布団を畳んでいる。

 天音の幼馴染がやって来たという事は、天音を迎えに来たのだろう。

 それは天音との別れの時間が近づいているのだと思う。天音がどうして逃げていたのか、葉月は知らない。でも、今の天音の雰囲気から七海という幼馴染は天音の敵ではないだろう。

 だから、葉月は笑って見送ろうと思う。

 連絡先くらいは教えてくれるだろうか? たまに遊びに来てくれるだろうか?

 そんな淡い期待が胸をよぎる。涙腺が緩んだのか葉月の視界が少し歪んだ。

 この数日を思い出すと、天音の事ばかりを思い出す。葉月は天音にこんなにも魅かれていたのだ。

 食器を洗い終えた葉月は潤んでしまった目を擦り、気持ちを切り替え笑う。

 そして終わりの時は、葉月の思うより早くやってきた。

 玄関のチャイムが部屋に響いた。

 葉月が玄関の扉を開けると、そこには二人の男が立っていた。

「天音さんをお迎えにあがりました」

 目の前に立つ細身の俳優になれそうなほどの甘いマスクの少年が言った。

「あんたは?」

「私か? 私は天音さんの婚約者。草加幸治です」

「婚約者……?」

 あまりの驚きに葉月は聞き返していた。

「そうですね、正確にはもうすぐ婚約者か。ところで、君は?」

「俺は、霧島葉月」

「霧島? 記憶にない名ですね。その辺の低俗な魔術師でしょう」

 吐き捨てるように細身の少年は言い、土足のまま部屋に上がり込む。

「ちょっと、待て」

 葉月が止めようと少年の肩に触れようとした瞬間、細身の少年の後ろに立っていた男に手首を掴まれた。

 燃え盛るように逆立った頭髪の筋肉質な男。掴んだ葉月の腕に男は指を食い込ませ、こちらを品定めするように吊り上がった三白眼で睨みつけてくる。

「ほぉ、お前、魔術師のくせに面白い鍛え方してるなぁ」

 三白眼の男は獣のように白い歯をむき出しにして笑い握り拳を突き出してくる。男の拳が恐ろしいスピードで葉月の顔面に叩き込まれた。

 葉月は吹き飛び隣の部屋の壁に激突し、畳に顔面を打ち付け倒れた。

 途絶えかけた意識を歯を食いしばり耐える。頭が割れそうなほど痛み、視界が歪む。

 人間を超えた筋力。男は肉体強化型の魔術を使用しているだろう。

 ぼやける視界の端に天音が葉月を庇うように立っているのが見えた。

 天音と草加が何か話しているが、殴られたせいか耳鳴りが酷く葉月には聞こえない。

 ただ、天音が怯えている気配が伝わってくる。

 婚約者に怯えている?天音が逃げていた相手がこいつらなのか?

 葉月はゆっくりと身体を起こすと、天音を守るようにゆっくりと移動する。

「は、葉月さん?」

 耳が回復してきたのか、天音の声が聞こえる。

「あ~あ、せっかく手ぇ抜いてやったってぇのに、馬鹿だよなぁ。草加さん、こいつどうします」

「別に殺して構いません。障害になる者は好きにしていいですよ。武藤」

「了解だ」

 牙を剥きだし獣のように笑う三白眼の男、武藤が歩いてくる。

「悪く思うなよ。主から許可がでちまったんだからよぉ」

 ゲラゲラと笑いながら、命令を実行しようと拳を振り上げる武藤を見て、天音が武藤の前に立ち塞がった。両手を広げ、葉月を守るように

「やめてください。葉月さんは関係ありません」

「草加さん。こう言ってますがぁ?」

「そうですね。どうしますかね」

「お願いします……私ならどこにでも行きますから、何でもしますから、もう逃げたりしませんから、お願いです。葉月さんを傷つけないでください。お願いします」

 深々と頭を下げる天音の泣き声に、草加はニヤっと笑う。

「いいでしょう。将来の妻の願いくらい叶えてあげるとしましょうか。いや~、思わぬ首輪が出来てしまいましたね」

「ちぇっ、つまんねぇな」

「まぁ、いいじゃないですか。行きますよ。武藤」

「主に言われたら。しゃーねぇしな」

「では、行きましょう。天音さん」

 天音は一度、振り返り葉月を見る。

「葉月さん。ごめんなさい。巻き込んでしまって……」

 葉月が手を伸ばす。

 行くな。

 天音は悪くない。

 巻き込まれたなんて思ってない。

 謝る必要なんてない。

 葉月はそう伝えたかったのに、声が出ない。

「数日間、本当にありがとうございました。楽しかったです。本当に、本当に楽しかったです。でも、私の事は忘れてください」

 天音は涙を堪え、笑う。ボロボロの完璧とはほど遠い、不格好な笑顔。

「さようなら……」

 震える声でそれだけを言い残し、天音は玄関の向こうに消えた。

 そのドアを見つめたまま、葉月は膝から崩れ落ちる。

 静かすぎる部屋。

 天音とはもう会う事はないだろう。

 だが、これでいいんだ。

 葉月に出来ることなんて、何もないんだから

「……」

 頬に触れると、指先が濡れていた。

 どうして、泣いているのだろう。

「ああ、そっか……」

 答えなんて考えるまでもなかった。

 終わってしまったからだ。

 まるで夢のような、楽しかった日々が終わってしまったからだ。

 全てを否定するような、出会わなければ良かったと思ってしまうほど最悪な終焉。

 もう、これで天音と会う事が出来ない。

 それが嫌なのだ。

 これで葉月と天音の物語が終わった……

 これで終わりなんて、こんな終わり方なんて、天音ともう会えないなんて……

「……くっそ!」

 葉月は走り出した。裸足のまま玄関を飛び出し、階段を飛び降りる。着地に失敗し、地面に転がる。外は雨が降っており葉月は泥だらけになるが気にしない。

 間に合え、間に合ってくれ、泥と雨でぐちゃぐちゃに汚れた身体を起こし周りを見回す。

 だがもう、天音はいなかった。

「……」

 葉月は泣きながら考える。

 葉月の望む未来は何か。

 葉月は思い出す。

 最後に見せた天音の表情を

 これが本当に天音の望みかはわからない。

 ただの葉月のわがままかもしれない。

 いや、言い訳は必要ない。

 これはただの葉月のわがままだ。

 このままで終わるなんて納得できない。

 このまま終わったら、魔法使いなんてなのれない。

 泥だらけの手で涙を拭い、立ち上がった。

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