猫探し
「はぁ、はぁ、はぁ、あいつ逃げ足速すぎだろ。少しは大人しくしてくれてもいいんじゃないか!」
凍てつく風に真っ白い息を吐きながら、葉月は住宅街を疾走する。もうかれこれ二キロ近く走り回っているのに追いつけない。
三叉路で、葉月は立ち止まった。左右の道に視線を巡らせる。
……完全に見失ったようだ。
「あ~、ここまで走ったってのに……」
葉月は肩を落とす。
「なにを休んでるんですか? 葉月さん。あっちです。あっちの方に逃げてますよ」
声が聞こえた方を葉月が見上げると、屋根の上をピョンピョン飛び跳ね、忍者のように移動する少女がいた。
黒いダッフルコートに赤いチェックのミニスカートを着た少女。年は葉月と同じくらいで十六、十七くらいだと思う。栗色の長い髪を頭の後ろでちょこんと結わえており、純白のリボンが髪と一緒に揺れている。
四日前に路地裏で出会った少女の天音である。
「そこから見えるのか?」
「いえ。直接見えてるわけではなく、魔力の移動位置で追えているだけです」
「魔力で追うって……天音って凄いな」
「そ、そうですかね。でも、魔術の基礎技術ですよ。葉月さんは出来ないんですか?」
褒められて天音が照れている。
「俺は出来ないけど……」
「あぁ~、そうなんですね」
肩を落とす葉月を見て、天音が苦笑する。
「それより天音。ほっぺについてるぞ」
「えっ!」
天音が手で頬を拭う。
「そんなに急いで、食ったのか?」
「だって、美味しかったんですよ。食べないともったいないじゃないですか! 甘味なんて久々でしたし」
確かに屋根の修理を終えて食べていた、佐藤お婆ちゃんお手製のおしるこは凄く美味しかった。
一杯目をペロリと食べ終え、二杯目を食べている天音を見て葉月も二杯目を貰おうかなと思っていたときに、タイミング悪く塀の上を移動するターゲットを見つけてしまったのだ……
「あのさ、天音は何杯食べた?」
「そんなにたくさんは食べてませんよ」
「で、何杯だ?」
「よ、四杯ですけど……」
「あの短時間で、さらに二杯もおかわりしたのか……」
「いいじゃないですか。沢山食べてと言ってくれていましたし、女の子は甘いものが好きな生き物なんですよ」
「いや、別にいいんだけど……あんまり食い過ぎると太るぞ」
「ふ、太りません! 太ったりなんか一切しません! 魔術師はエネルギー消費量も魔力の消費でコントロール出来るんで大丈夫です!」
「へぇ~、便利な身体だな」
顔を真っ赤にし叫ぶ天音に、葉月は素直に感心する。
「私の事はいいんですから! それよりも良いんですか? 見失っちゃいますよ」
「それは困るな。天音。頼めるか?」
「まぁ、仕方ないですね~。いいですよ。捕獲して待っていますから、葉月さんはゆっくり歩いて来てください。ご褒美期待してますよっと!」
バチンと青白い火花が天音の足元から散った。
瞬間、天音が速度を一気に上げる。
魔力をコントロールして脚力を強化したのだろう。
「怪我だけはさせるなよ」
と、葉月が叫んだ時には天音の姿は見えなくなっていた。
「大丈夫だよな……」
歩いて来いとは言われたが、葉月は不安になり走る速度を上げる。
天音の向かった方向に走って行くと、路地裏から声が聞こえてきた。
覗いて見ると天音が捕獲対象の三毛猫と向かい合っているようだ。
壁と天音に四方を囲まれた三毛猫は全身の毛を逆立て天音を威嚇している。
「ほら、ほら、怖くないですよ~。大人しくてください。私と一緒にお家に帰りましょう」
三毛猫に声をかけながらジリジリと距離を詰めていく天音。その声は少し震えている気がする。
「い、いい子ですね。そのままジッとしておいてくださいね」
「シャー!」
威嚇され天音が一歩後ろに下がる。
「お、お願いですから、落ち着いて下さいよ」
天音はパタパタと手を振り取り乱している。三毛猫の方が優勢のようだ。
「苦戦してるようだが……大丈夫か?」
葉月が声をかけると、勢いよく天音が振り返る。
その瞳には涙が溜まっていた。
「葉月さん着いたんなら早く手伝ってくださいよ。早く助けてくださいよ!」
「ニャー‼」
天音の意識が外れたのを感じ取った三毛猫が雄叫びを上げながら飛び上がる。
「えっ? きゃっ⁈」
完全にスキを突かれ驚く天音の顔面を三毛猫が踏みつけ更に高くジャンプし、葉月の遥か頭上を飛び越えて通過しようとしていた。
さすが猫。と、その姿をのんびりと見届けながら、葉月はポケットから一枚のコインを取り出し、ピンっと親指でコインを頭上の三毛猫に向かって弾く。クルクルと回転するコインを三毛猫が不思議そうに見つめていた。
「ショートカット」
葉月が呟いた。
直後、回転するコインの位置に葉月が出現した。
「ニャ?」
「ほい。捕獲完了っと」
遥か頭上にいたはずの三毛猫はあっさりと首根っこをギュっと葉月に摘ままれてしまう。
空間を転移したかのように空中に移動した葉月に、三毛猫は抵抗することが出来なかった。
三毛猫を抱えた状態で地面に着地すると
「ニャ?」
キョロキョロと周りを見回す三毛猫。
「えっと……天音、大丈夫か?」
葉月は仰向けに倒れたまま動かない天音に声をかける。
「だ、大丈夫です! このくらいなんともありませんから!」
天音は顔を真っ赤にして跳ね起き、パンパンと服の汚れをはらう。
「じゃ、飼い主の所に帰るぞ」
「ニャー」
三毛猫を抱え直し、葉月が歩き出す。
「あっ、ちょっと待って下さいよ。置いて行かないでくださいって」
二人と一匹は依頼主の所へ向かうのであった。




