霊災の核
ゾンビ犬達は休むことなく葉月に襲いかかってくる。葉月は息を切らしながら、それを避け続けながら最後の階段を昇る。牙を剥き内臓をもぎ取られそうな勢いで向かってくるゾンビ犬たちは正直怖かった。
『葉月さん。泣いていますか? 視界が滲んでいますけど』
「仕方ないだろ。流石に怖いんだよ」
『言い返す余裕はあるみたいですね。でも、危ないですよ』
会話中に四方を完全に囲まれた。
「くっそ、ショートカット」
葉月はコインを真上に投げ詠唱する。
真上に召喚された葉月をゾンビ犬たちは着地位置で舌なめずりして待っている。このまま落ちれば喰い殺されるだろう。だが、葉月は空中で右手に掴んだコインを前方の階段上部に投げる。
「ショートカット」
二連続の召喚による移動で最上階に転がり込むと、壁にお札を張り付ける。
『葉月さん。下がってください』
葉月が指示従い後ろに下がると、一本の雷撃の矢がお札を貫いた。
『閉ざせ、闇を断ち切る防壁となせ』
魔術が発動し扉に結界が張られた。
「今のでいいのか?」
『はい。大丈夫です。扉に魔術の結界を張りました。これで扉から入ってくることは絶対にないです。ただ……』
「ただ?」
『この階で出現してきたらどうしよもないですし、葉月さんの逃げ場もないですけどね』
「……そうなのか」
少し不安になった葉月の耳に部屋の奥の方から物音が聞こえてきた。その気配の異常さに葉月は震えあがる。身体中に寒気が走り、ゆっくりと視線を向ける。
グルルルル~
唸り声が聞こえた先。今までより濃い魔力の塊。絶対に目を合わせてはならないと直感が告げているのに目が離せない。取りつかれたかのように、お互いに視線が離せない。金色に鈍く輝く二つの瞳が葉月を捉え、品定めでもするように睨みつけている。
全長四メートルはあるであろうかという巨大な体躯。恐ろしく巨大な犬。
相対するだけで魂を噛み砕かれてしまいそうだった。それなのに、それだけの威圧感を持っているのに、 その瞳には怯えが少し混じっているように見えてしまった。
「うっ……」
だから、葉月は視てしまった。淀んだ魔力で作られた身体の核の中心で怯えて眠る姿を霊災の中心。霊災の心臓では、子犬が震えて眠っていた。
『葉月さん。葉月さん! 葉月さんってば』
「あ、天音」
『大丈夫ですか? 魔力にあてられましたか? 視線がぶれてましたよ』
「あぁ。大丈夫」
『では、始めますよ。術式は組み終わりました。追尾の術式も追加していますので、一撃で核を確実に破壊出来ます』
「天音。破壊ってことは核はどうなる?」
『えっ? それは……完全に消滅しますけど……』
「天音。悪い! 今から術式の変更頼む」
『あの~? どういうことですか?』
「霊災の核なんだが……」
『核がどうかしたんですか?』
「たぶん生きた子犬だった」
『だった。ってことは視たんですよね?』
「あぁ、観た。震えてた」
はぁ~、と天音の大きなため息が聞こえた。
『葉月さん……葉月さんって透視系も感知系の魔術も使えないですよね』
「あぁ、そうだな」
『なら、もしかして魔力を絶ったんですか?』
「あぁ」
あぁ、ばかり言っている気がする。
『なっ、何やっているんですか! 馬鹿じゃないですか! というか、馬鹿なんですね! 馬鹿なんですよね』
「そうか?」
『魔力を絶って霊災の核を視るなんて、霊災に喰われますよ』
そういう天音は警告しているのだろうが、それ以上に心配しているようだった。
「核がなんなのか観ておかないとダメな気がしたんだよ」
『だからって死にたいんですか! ただでさえ魔力の加護が少ないんですよ』
「もう、視たんだし仕方ないだろ」
『はぁ~、もう仕方ないですね。葉月さんはそういう人だとわかっていましたし……それで、どうしたいんですか?』
天音は諦めたようだ。
「核を傷つけずに浄化出来るか?」
『……』
天音が沈黙した。さすがの天音も困っているのだろ。
「やっぱ、無理だよな……」
『この規模ですと……十五分くらいの時間稼ぎと、追尾の補助を出来ませんので相手の動きを止めて完璧に核さえ打ち貫く事ができれば出来るはずです』
「了解。じゃ、俺が時間稼ぎと動きを封じればいいんだろ」
『本気でやるんですか?』
「やる」
『葉月さん、かなり危険ですよ』
「あぁ。分かってる。それでも俺はあいつを助けたいんだよ」
葉月の声は少し震えているのに笑っているように聞こえた。
『わかりました。では、準備始めます。もう準備を始めたらサポートできませんがいいですね』
「いいぜ」
『準備が出来たら声かけますんで、時間稼ぎ頑張って下さいね』
「無理言って悪いな。天音。じゃ、行ってくる」
『いいですよ。行ってらっしゃい』
葉月はゆっくりと巨大な犬に向かって歩き出す。目の前の巨犬もゆっくりと身体を持ち上げ身構える。葉月は命がけの時間稼ぎを始めるのだった。




