突入
廃ビルに入ると、身体に纏わりつく圧力を感じた。
重力が増加したかのような感覚。
葉月は身体の隅々にまで魔力を循環させ、纏わりつく圧力に反発する。
「……っ!」
それでも葉月程度の力では完全に抑え込むことは出来ないのだが……
『葉月さん大丈夫ですか?』
右耳に付けたインカムから天音の声が聞こえた。
「あぁ、まぁ、大丈夫だ」
葉月は周りを見渡す。一階は受付になっていて、右手の方に階段があった。
『じゃ、上の階に向かってください』
「上?」
『はい、霊災の核は最上階にいるみたいですから』
「いるってことは……」
『えぇ、核が動いてます』
「じゃあ、やっぱり……」
『戦闘は避けられないですね』
「……」
階段を上りながら、葉月はガックリとうな垂れる。
『そんなことより、葉月さん』
「ん? なんだ」
『囲まれたみたいですよ』
「はっ?」
『気づいてませんでしたよね?』
息を飲む葉月に、確認するように天音が問いかける。
「あっ、ホントだな。囲まれてるっていうか、挟まれてるか」
階段の踊り場にいる葉月を上下から挟むように魔力が凝縮されていく。
空間が捻じれ、凝縮されたマナが形を成していく。
「……犬?」
『ええ、犬ですね』
上と下の両方から数十匹の犬が牙を向いている。
「こいつらって」
『ここで捨てられて殺された子たちだと思います』
「……」
犬たちの身体のあっちこっちには傷があり、脇腹の肉が抉れ骨が見えたり、眼球がなかったり、耳が千切れていたり、顎がないものもいた。
まるで、今でも殺された痛みを忘れられずに彷徨っている様だ。
『ダメですよ。葉月さん……同情していたら葉月さんが殺されますよ』
「まぁな……」
『これは土地の記憶なんです』
そう言う天音の口調も辛そうだった。
「よし、そうだな。こいつらの為にも早く解放してやらないとな」
『そうですよ。霊災の核さえ破壊出来れば、霊災は終わります。それでこの子らもあるべき場所に行けますから』
葉月は覚悟を決めて、上の階に向かって走り出す。
同時にゾンビ犬達も動き出した。
葉月は階段の手摺りや襲いくるゾンビ犬の頭を踏み台にしながら上の階を目指す。
『二階に着いたら窓際に移動して下さい』
「了きゃい!」
返事をしようと思い声を出したが、爪や牙に身体を削られそうになり、変な声が出てしまった。
次々に襲ってくるゾンビ犬に逃げ場がなくなっていく。数体の攻撃なら何とかなるが、この数を相手するのは葉月には不可能だ。ポケットからコインを取り出し、ゾンビ犬たちの隙間を狙いコインを二階に投げる。
「ショートカット」
葉月はコインが上手く間を抜けるのを確認しながら、短縮された呪文を詠唱した。
直後、投擲されたコインを右手で掴んだ状態で二階に召喚される。
葉月は着地と同時に窓の前に滑り込んだ。窓の外に明かりが灯ったと思ったら、ダダダッダと窓の外から無数の雷撃がゾンビ犬に飛来する。一瞬で襲いかかって来たゾンビ犬を全て撃ち抜いた。何十匹もいたゾンビ犬が一瞬で消えた。
「……」
『どうですか。凄いでしょう』
「あぁ……そうだな」
『急いで移動してくだい。核を潰さない限り何度でも復活します。相手にしてもキリがないですよ』
昨日、見た魔術が天音の魔術の全てだとは思っていなかったが、こんなことまで出来るとは葉月は思っていなかった。五百メートル以上離れた場所からの精密射撃だけでも凄いのに、数十体を一瞬で消し去った威力と雷撃の数。あれだけのことをしておいて、息の乱れも感じさせないどころか余裕すら感じられる。まだ、天音が本気を出していないのは明らかだった。
まぁ、気を抜くとバチバチと放電しているぐらいなので、魔力の総量は多いと思っていたのだが……
「了解。次の階に移動するぞ」
『ええ、最上階の歪みが強くなっています。相手も戦闘態勢になったみたいですから、気を付けて急ぎましょう』
「えっ、マジで」
「マジです」
「くっそ、急ぐか」
葉月は上の階を目指して走り出す。




