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ダメ魔術師の優しい魔法  作者: 辻流太
14/47

帰宅後

「やっぱ凄いもんだな。魔術師って」

 小さく呟きながら葉月は微笑する。すでに日が傾いており、所々で街灯がついている。明日は大仕事が待っているのに、葉月の足取りは軽かった。それも、仕方あるまい。

 あんなに沢山の魔術を見たのだから

 普通、魔術師は自分の魔術を他人に見せたがらないものだ。それは他者に魔術を盗まれたり、弱点を知られる事になるからだ。

 実際に葉月が知っている魔術師で魔術を自分から見せてくれたことがあるのは、三人しかいない。師匠と久我さん、そしてリリーさんぐらいである。

 だから、葉月は天音が魔術を見せてくれたのが嬉しかった。信用してくれるのが嬉しかった。

「あれから四日か……」

 最初は取り敢えず一日だけ泊めるつもりだった。それが二日になり三日になり、四日目となっていたのだ。葉月としては好きなだけ居てくれて構わないと思っている。可愛い女の子と一つ屋根の下で生活しているという状況は健全な男子である葉月にとってはテンションの上がることであることは確かであるのだから。一つ屋根の下と言っても、厳密には天音に部屋で寝てもらって、葉月は台所で寝ているので同じ部屋に寝ているわけではないのだが、だんだんと無防備になっていく天音にドギマギさせられている。

 本当に初めは成り行きだったのだが……ただ、あの少女と一緒にいるのは楽しい。コロコロ変わる表情や、家でダラダラと気を抜いてゲームしたり漫画本を読んだり、テレビ見たりしている姿を見ているのが心地よかったのだ。

 そんな事を考えているうちに、葉月の住むアパートが見えて来た。

 二階建ての古めかしい建物だ。築四十年は超えてそうな建物には、小豆荘と書かれた木製の看板がかかっているが、傾き今にも外れてしまいそうだ。

 床板を軋ませながら階段で二階に上がり、すぐのドアに鍵を差し込み開ける。玄関で靴を脱ぐと、買い物袋の中身を冷蔵庫に入れ部屋に移動した。六畳の和室に三畳ほどのキッチンに、風呂とトイレがあるだけの部屋。家具は最低限しか揃っておらず、そのほとんどが貰い物である。

 部屋には入ると天音の姿がない?

 気持ちよさそうな鼻歌と水の音が聞こえてきた。天音が風呂に入っているのだと思い、部屋の真中辺りに座り込みスーパーで貰ってきた特売のチラシに目を通す。

 数分後に風呂のドアが開く音が聞こえた。

「おっ、天音、ただいま。飯すぐ作るから少し待ってろ……なっ?」

「……」

 後ろを振り返ると確かに目の前に天音がいた。

 降り積もったばかりの新雪のように白く、まだ幼さを残しながらも均等の取れた身体。栗色の髪からは水が滴り落ちる。天音は予想外の状況にキョトンとした顔で、硬直している葉月を見ていた。

 葉月は、自分が命の危機に陥っていることを完全に忘れていた。あまりの美しさに見惚れていたのだ。

「……」

「……きゃ、きゃあああああああああっ!」

 先に動いたのは悲鳴を上げた天音の方だった。即座にバスタオルを体に巻き付け、身体に青白い火花が走る。

「ちょ、ちょっと待て。止まれ。ストップだ。ストップ」

 葉月は部屋から逃げ出す為、クルっと後ろを向く。

「……忘れて下さい」

 天音が呟く声が聞こえた。その恐ろしい声に、葉月は天音に背中を向けたままゆっくりと両手を上げる。

 ここで焦って天音を刺激するのは避けた方がいいと第六感が告げている。

 下手打てば殺されると……

「わ、忘れる。忘れます。忘れました。っていうか見てない。俺は天音の裸なんて一切見てないから、まずは落ちつけ」

 恐怖のあまりに早口になり、余計な事まで口に気がしたが天音も混乱しているから大丈夫だろう。

「見てないですか? 本当にですか?」

 やはり、聞こえてない大丈夫そうだ。

「本当に、本当だ」

「でも、裸なんてって言っていましたけど……念の為に記憶だけは消去した方がいいですよね」

 あ~、意外としっかり聞いていたみたいだ……

「一応聞きたいんだけど、記憶消去出来る魔術が使えるのか? さっき見せてもらった中にはなかったと思うんだが……」

 天音の右腕に電撃が集まるのを確認しながら恐る恐る尋ねる。

「ありません。でも、そんなの、これで殴れば記憶ぐらい吹き飛びますよ」

 右手には強力な魔力で生み出された電撃の槍が握られていた。形が安定していないのは呪符も使用せず、さらに詠唱すらせずに無理やり形にしているからだろう。無理やり形にするなんて、普通の魔術師では不可能なことなのだが……

「っ!」

 凄まじい勢いで雷撃の槍が飛来し、葉月の顔面に迫ってくる。 

「うをぉぉぉぉぉぉぉっ」

 葉月は大声を上げ、後方に尻餅をつく。恐ろしい速度で迫る雷撃の槍を奇跡的に避けていた。床に広げていたチラシを踏んで足が滑ったようだ。槍が壁に激突した瞬間、壁はひび割れ、アパートが揺れた。

「なんで避けるんですか!」

「し、死ぬからだろ。そんなの当たったら絶対、頭吹き飛ぶわ!」

「大丈夫ですよ。この程度で人は死なない……と思いますよ?」

「……いや、絶対死ぬだろ。これ。壁にひび入ってんぞ!」

 葉月の全身から噴き出す汗が止まらない。天音は新たな雷撃の槍を振り上げていた。葉月は覚悟を決め、身体中の魔力を頭部に集める。目を閉じ集中する。気休めにしかならないかもしれないが、少しでもダメージが減らせれば良いなと願う。

 だが、覚悟していた衝撃が葉月を襲うことはなかった。ゆっくりと目を開けると、天音の手から雷撃の槍が消えていた。

「……? うぉ!」

 葉月は力が抜けたかのようにふらふらと倒れ込んでくる天音を受け止める。

「お……」

 天音が囁く。

「お?」

 葉月は思わず聞き返していた。

「おなか空きました……」

「……そっか」

 タオル一枚を纏った小さな身体から

 きゅううううううう、と可愛らしい音が響いた。

 空腹による魔力切れ。ふ~、助かったっと葉月は頬の傷を掻きながら立ち上がる。

「じゃ、俺は飯作るから、その間に天音は着替えとけ」

 顔を真っ赤にし頷く天音。飯が出来るまでに天音が落ち着くことを期待して葉月は台所に向かうのだった。

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