連絡
葉月との暮らしに概ね満足している天音だが、不満に感じている点もあった。部屋が狭いとか、布団が薄いとか、隙間風が入ってくるとか、そういうことは平気だ。外での生活をしていたただ、お風呂が狭いのは少し不満だった。それなら銭湯に行けばいいのだろうが、人前で裸になるのは恥ずかしいし完全に気を抜くことも出来ない。
お風呂では完全に気を抜きたい、でもこのお風呂は足を伸ばすことも出来ない。せめて、もう少しだけ広ければと思う。そんなことを考えながら身体を洗う。
そんなくだらない事に不満を抱けている今の状況が幸せであることを天音は実感する。数日前までは地獄の様な毎日を送っていたなんて嘘のようだ。
葉月は夕食の材料を買いに行っており、一緒に行くかと聞かれたが天音は汗を流したいからと先に帰ってお風呂に入っているのだ。葉月がいない時にゆっくりお風呂に入りたかったからだ。いくら葉月のことを信用していても、男の人がいる場所でお風呂に入るのは些か緊張してしまう。
髪と身体を洗い終えた天音は片足ずつゆっくりと湯に沈めていく。胸まで浸かると、フ~と息を吐き出し身体の力を抜いた。薄く眼を閉じ、風呂場を満たす湯気をぼんやりと眺めた。
ん~と、伸びをする。
「助手……ですか」
一人呟く。
知り合って四日も経つが、葉月は何も聞いてこない。それどころか、家の合鍵を預け好きな時まで居て良いとまで言ってくれた。
「事情も聞かないで、勝手に信じて……困った人です」
もう一度、呟きにやけてしまう。
なんと言うか、葉月の隣は居心地がいいのだ。だから、ついつい甘えているのだろう。
「ん~、そろそろ移動しないとまずいですよね。最近、連絡もしてないですし、そろそろしないと七海に怒られちゃいますよね」
力の抜けた声で自分に語り掛ける。ここにいると自分が追われているのを忘れてしまいそうになる。
「はぁ~、でも、もう少しだけ居たいしなぁ……でも、う~ん」
お湯に顔を半分沈めブクブクと泡立てながら、お風呂場に持ち込んでおいた呪符を取り出しヒラヒラと揺らす。
呪符には通信用の魔法陣が描かれている。
数秒考えた後、天音は呪符に魔力を込めた。魔法陣が輝き出し、数秒で程で反応があった。
『えっ、天音‼』
呪符から少女の声が聞こえてくる。思った以上に早く反応があったことに、天音は驚いた。
「はっ、はい。久しぶりです。七海」
『久しぶりじゃないわよ! あんた、今まで連絡もよこさずどこにいたの! どれだけウチが心配したか分かってんの?』
「すいません。つい」
『つい、じゃないわよ。ついじゃ。あんた追われてる自覚あるの?』
「ふっふ、すいません」
いつも通りの七海の反応に天音は笑ってしまった。
『笑ってる場合じゃないわよ! まぁ、余裕があるのはいいかもしれないけど……で? なんかあったわけ? 久しぶりのの連絡なんだし』
「えっとですね……」
天音は七海に四日間の出来事を話した。葉月と猫を探したり、屋根の修理をしたりと楽しかったことの話が止まらなかった。
『……そっか、取り敢えずは無事ってことね』
「ええ、無事です」
『……で、天音。あんたさぁ……これからどうする気?』
七海は言いにくそうだった。
「……」
『……』
お互いに黙り込んでしまう。
「大丈夫です。自分の状況くらい分かってますから。長居し過ぎている自覚もあります。これ以上ここに居て葉月さんに迷惑かけてしまうわけにはいきませんから」
『そう、分かってるならいいわ……』
「ごめんなさい。七海にはいつも迷惑かけてばかりで」
『謝らなくていいわよ。嫌なら最初から協力してないんだから』
「それでも、七海が大変なのも知ってますから、ごめんなさい」
『はぁ~、あんたってやつは……まぁ、いいわ。私が行くまで派手な行動は控えてそこで大人しくしてるのよ』
「えっと、わかりました」
『まぁ、あと少しで儀式も無効になるんだし、あと少し頑張りましょう』
「はい! よろしくお願いします。七海」
『明日の夜には迎えに行くから、悔いだけは残さないようにしときなさいよ』
「はい」
天音は返事をし、通信を切る。
「お別れですか……」
湯船から立ち上る湯気を見つめる。
「あっ、でも、逃げ切れば、たまに遊びに来てもいいですよね……」
残り数日逃げ切るだけでいいのだ。それで、自由が手にはいるのだから……
「大人しくとは言われましたが、今回の依頼は必ず成功させて恩返しはしないといけないですね」
この依頼が終わったら、葉月と一度お別れする事にしよう。
でも、また遊びに来ますと伝えよう。その時に、逃げていた理由を話そう。笑い話になるように、それが残りの期間を逃げる活力になる。
取り敢えずは明日の依頼を頑張ろうと天音は拳を握ったのだった。




