葉月の意思
「ぷっ、あははっはは」
白木が店を出て行った途端、リリーがカウンター席で笑いだした。
「どうしたんです? リリーさん」
葉月が訊くと
「いや~、天音ちゃん。いいね。君って面白いよ。これからアーちゃんと呼ぶことにするぜ」
「……私が面白いですか?」
首を傾げる天音。
「うん。スッゴイ面白いぜ。ボク気に入っちゃったよ」
「そ、そうですか」
「だって、こんな堂々と好きだから一緒にいるって。愛の告白だぜ。それも愛想尽かすことないって、どんだけベタ惚れなんだよ」
ゲホゲホと咳き込む葉月。
「ち、違いますよ。あの、す、好きって言っても、なんと言いますか、一緒に居て居心地が良い的な感じでして、気を遣わなくていいと言いますか、自然体でいれる的な感じでして……」
「で、ツッキーのどこに惚れたんだい?」
「えっと、惚れたわけじゃなくて……」
顔を真っ赤にして否定する天音を見て、葉月まで顔が蒸気してくる。
「リリーさん。あんまり天音で遊ばないでください!」
「え~、いいじゃん。いいじゃん。楽しいんだからさ」
「ダメ」
「はい。はい。わかったよ。ツッキーのケチ」
そう言うと、リリーはクリームのたっぷり乗ったパンケーキを頬張りだした。
「そう言えば葉月さん!」
「ん?」
「さっきはあそこまで言われて、どうして怒らなかったんですか?」
テーブルに両手を付き、天音が身体を乗り出す。
「白木さんの言ってる事は事実だからな。それにいつものことだから怒っていてもきりねぇし」
「そっ、そうは言いますが、ムカつかないんですか?」
更に距離が詰まる。
「……いや~、あの人、あれで結構いい人なんだぞ。新人の魔術師の面倒も見てるし、俺も最初ここで声かけられて同行したし」
「葉月さんにも声かけたんですね」
「でも、依頼に何回か同行して俺の魔術教えたらキレられた。魔術を馬鹿にしてるのかって」
「……」
「あの人がキレるのも仕方ないからな」
そう言って葉月は笑う。
「でも」
「天音だって自分が本気でやってることに対して、適当にやっているような奴がいたら怒りたくなるだろ?」
「それはそうかもしれませんが、葉月さんは適当に魔術師やってるわけではないですよね?」
「まぁな。でもな、俺の使う魔術は浄化も出来ない、探索も出来ない、新術の開発も研究も出来ない。これから先、どんなに年月重ねてもその事実が変わることは永遠にないんだぞ。それなのに魔術師を続けてるんだ。生霊とか言われても仕方ないんだよ」
「……」
天音は黙ってしまった。
葉月が言っている事は理解できる。白木の言い分が間違っていない事も……
頭では理解はしたが、心が納得は出来なかった。
「いいんだよ。俺は誰に何を言われたって魔法使いをやめる気はないんだからな。でも、ごめんな」
「えっ? どうして謝るんですか?」
「俺のせいで嫌な思いしたろ」
「私は好きで怒ったんです。葉月さんが謝る必要はないです。それに、そう言う時はありがとうですよ」
ニッコリ笑う天音に葉月の頬が緩む。
「そうだな。ありがとう。嬉しかった」
「素直にお礼言われるのは少し照れますね」
天音は恥ずかしそうにはにかむ。
「で、天音。どんな仕事を受けたんだ?」
「さぁ?」
「さぁって、もしかしてよく見ないでサインしたのか?」
無言で頷く天音。
「……バカ?」
「だって、仕方ないじゃないですか! ゆっくり見ている余裕なんてなかったんですよ」
「まぁ、俺も良く見ないでサインしたんだし、同罪か。じゃ、どんな内容か確認して対策考えないとな。知っての通り俺は役にたたんかもしれないからな」
天音はタブレット端末を操作する。
「えっと、これですね」
葉月にも見えやすいように、タブレットを持って天音が葉月の横に移動する。
「……これって霊災だよな」
「そうですね。霊災ですね」
霊災とは正式名称は霊的災害。霊的災害とは自然界に満ちる魔力のバランスが何かの要因で崩れることで発生する異常現象の事である。対処法としては、浄化魔術で浄化してしまうか、霊災の核を破壊するかの二つだけ。
「俺に霊災対処が出来ると思うか?」
「う~ん。核の破壊も浄化も出来ないでしょうから……葉月さんには無理ですね」
「そうだよな」
「でも、今は私がいますから問題ないです」
拳を握り自信満々に天音が宣言する。
「確かCクラスの霊災って最低でも四か五人くらいのパーティで対処するものだった気がするんだが……」
「そうですか? Bクラス程度ならお父様一人で対処していましたから、Cクラスなら大丈夫だと思いますけど」
「……そうなのか」
余裕な天音を見ていると、葉月もなんとかなる気がしてきた。
「絶対、あの人に認めさせましょう」
「あぁ、頑張るとするか」
オーっと気合を入れている天音を見て、葉月はまた嬉しくなっていた。この仕事をクリアしたら余計に白木に天音が目を付けられそうな気もするのだが……今はよしとしよう。
それに、サインの時に見えた気がした九法の文字。どんな事情で逃げていたのか分からないが、時が来れば話してくれるだろう。それに自分はこの優しい子と一緒にいれることが幸せで仕方なかった。




