5、問いかけと失言
「先程のアレはなんだ?」
私は痛い頭を押さえながら、執務室のソファーへと座り、呼び出したノアへと尋ねた。
「アレ、と申しますと?」
ノアは涼しい顔でそう答えると、奴にしては楽しそうな笑みを浮かべる。
「…何か気に入らないことでもあったのか?」
いきなりやって来た国賓に向かい、侮辱ともとれるあの言動は一歩間違えれば戦争ものだと思い返し、ため息を交えながらノアにそう言えば、ノアはニコリと笑う。
「いいえ。直感的になんとなく、ですよ」
そう言ってノアは私の顔を見てくる。
笑顔が、怖い。
大方の予想は出来る、が、私が口を出すべきか戸惑う。
けれど、その戸惑いも一瞬で、ため息を一つ落とした後私は呟いた。
「…呼び方など、どうでもいい。あのお姫様は我が国の者ではない。ましてや他国の王族だ。いずれあの国と事を構えるとしても、今はその時ではない」
「どうでも、いい?」
私の言葉をゆっくりとノアが反芻し、その顔から表情が消える。
途端に言葉の選択を間違えたと、気付くがもう遅い。
言葉を紡ごうとした時には私は退路を断たれていた。
目の前に、ノアが居る。
「…良いんですか?」
ノアはそう言って私の顔へと長い指を伸ばしてくる。
黒い彼の瞳に、自分が、映る。
過去と現在が重なり、体が強張る。
「……、あの、姫に…だけ…だ」
体の奥底から、声を搾り出す。
あの時の恐怖が、体を支配する。
幻影とノアが重なる。
「………そうですか…」
ノアの指先が私の頬に伸びる直前で止まる。
その表情からは何を考えているか読み取ることは出来ず、もう、彼の瞳に私の姿は囚われていない。
呟くようにそう言うと、ノアはスッと身を引くとそのまま扉へと向かう。
「次は、無いですよ」
こちらを振り返ること無く、ノアはそう言うと静かに部屋を出て行った。