4、平伏したくなる漆黒
漆黒、まさにそう表して違いないであろう絹糸のような輝きをもつそれが、風によって宙へと舞上げられ、一対の蒼玉が俺の目を捕らえた。
畏怖を抱くような、そんな底冷えする程に透き通る美しい女がいた。
この女がエステル国第23代現国王アメリア陛下なのだと、本能が悟る。
女王や王女ではなく、ましてや姫と呼ぶ事など憚れるほどの威厳がー俺のように根っからの臣下の性分を持つ者が平伏したくなるーそう、本能へと告げている。
サリバンに言われずとも、【王】と呼びたくなる。
「……」
ただ黙って剣を収めれば、目の前の王は人形のように整った冷たい顔に、悠然とも言える笑みを作り出した。
「…それで良い。今ここでお前がアリンソン王女の誇りの為にノアに剣を向け、死ねば、アリンソン王女の命はどの道無くなっていた。国では無く、アリンソン王女に忠誠を誓っているのならば、優先順位を間違えるな」
王はそう言うと再び俺へと目を向けることはせず、そのままアリンソン姫の前へと歩みを進めた。
「我が臣下が済まなかったな。私はアメリア。このエステル国の王だ。アリンソン王女、我が国はそなた達の来訪を心より歓迎しよう」
傲慢、ともとれるような言葉を発し、アメリア王はアリンソン姫へと仮面を張り付けたような笑みを向ける。
「……こちらこそ、いきなり剣を抜き申し訳ありませんでした。本来ならば、臣下の過ちは上に立つ私が諌めるべきもの。それを私に代わり、お諌め頂きありがとうございました」
そう言ってアリンソン姫は柔らかく微笑んだ。
「気にしないでくれ。それについては、本来、私が出迎えるべき所をノアに任せた私も同罪なのだ。…さて、ゆっくり挨拶を交わし、話したい所ではあるが、私はまだやらねばならない事が残っている為、少々失礼するよ。ノア、王女達を頼んだぞ?」
アメリア王はそう言うと、僅かにサリバンへと視線を向け、再びアリンソン姫へと目を向けた。
「財政難な為、盛大な歓迎は出来ないが、細やかながら歓迎の意を込め今宵晩餐会を開く。ぜひ来てくれ」
アメリア王は姫にそれだけ言うと踵を返し、城の東へと歩みを向け去って行く。
羽織られた黒き外套が風に靡き、漆黒の髪が踊る。
去り行く姿をどこかぼんやりと眺めてれば、アリンソン姫とアメリア王の姿が脳内で対照的に浮かび上がってくる。
波打つ白銀の髪に紅玉の瞳のアリンソン姫、漆黒の絹糸のような髪に蒼玉の瞳のアメリア王。
姫が陽の光ならば、あの王は夜の闇だ。
ー相反するものは、互いに相入れること無く破滅へと向かうー
ふと、我が国に伝わる伝承の一節が浮かんで消えた。