2、命を欲する重臣
「やっと、一区切りついた。そちらは終わるか?」
相談役であり、宰相でもあるノアに仕事を手伝ってもらいながら本日の政務を進め、一区切りついた所で彼に声をかければ、気のない相槌が返ってくる。
「あと一件で終わりです。王は先に休まれて下さい」
書類から顔を上げること無くそう言うノアに、私はさして気にする事無く頷く。
「言われなくても、もう休んでいる。それより、最近また暴行事件が増えてきた。そろそろ、溜まった罪人の刑を執行するぞ」
食べ損ねた昼食の代わりに一杯のお茶を飲みながら呟けば、ノアは書類から顔を上げた。
「…また、ですか…。何も、クルスから姫君が来るこの時期にやらなくても…」
眉間に皺を寄せ、ノアは忌々しそうに呟く。
口にこそしないが、私がこの刑を執行するのをノアは嫌なのだろう。
「だからだよ。折角だからあの平和ボケした噂のお姫様に見てもらえば良い。きっと、嫌気がさして予定よりも早く帰国すると言い出すだろうよ」
お茶を飲み終え、そう言って私は肩を竦めた。
私が王に即位して以降、我が国は他国に比べて圧倒的に犯罪が少ない。
その原因の政策を思い返し、きっと王宮の奥深くで過保護に育てられ、国民から絶大な支持と愛情を注がれていると評判の彼女のことを思い浮かべる。
私よりも一つ下の、姫。
何も知らない、キレイゴトの世界に住む姫。
そんな彼女を追い返す秘策が、我ながらなんとも底意地悪い悪趣味なものだろうと自嘲の笑みが零れた。
「……アメリア、」
ふと、硬い声に名前を呼ばれ、私は視線をノアへと向けた。
冷たい黒い一対の瞳と視線がぶつかる。
「………。私の名前を呼ぶことは許してないが?」
今の私には相応しくない、私の名前。
名前を呼ばれるのを私が嫌っていることを知っていて、この男は私の名を呼ぶのだ。
こうして私が自分の意に反した時に、殺気を込めて。
その度に私は同じ言葉を返す。
まだ、この男に殺されるつもりは毛頭無い。
アメリア王…つまり、私の側近にして宰相、そして同時に、その裏側は虎視眈々と我が玉座を狙う政敵であり、私への刺客でもあるのだ。
ノア・サリバンとは最も信頼してはならない私の臣下だ。
「………刑は、3日後に行う。準備をしておけ。私はこれからクルスの王女を迎えに行く準備をして来る。お前はその書類が終わり次第準備を整えた後、謁見の間に来い」
卑屈になっていた思いを断ち切り、決断を告げれば、形の良い唇が弧を描いた。
「御意に、」
満足そうに笑み、恭しく頭を下げるノアを一瞥した後、私は身を翻し執務室を出た。
私が刑を執行することは嫌がるくせに、その事で自己嫌悪に陥る事を私の死神は許せないらしい。
きっと奴が真の忠臣ならば、奴が私の死神になるより早く、私が奴を始末していただろう。
本当に、面倒なものだ。