第5話
‡第五話‡
「わーん! れらっかーたくちゃーん!!」
相変わらず泣きじゃくる女の子――ア・ヤカに駆け寄った二人に、イーナがあわてて謝る。
「ごめん。こいつ、俺の弟なんだ。ちゃんと注意しとくから」
「ん? あー! あんた、昨日マヤン様のとこに来てた!!」
「あ、よーしになったってやつだろ!!」
すると、イーナを見た二人が興奮気味に身を乗り出す。
「うわーマジかわいいなぁ……あ、アタシ、レラッカ・ブ・ルコー! んで、こいつはアタシの幼なじみのタク・ツッチ! 見た目怖いけどアホだから! んでーこの子はア・ヤカ・ミカ! アタシらの妹みたいなもん!! よろしくねー!!!」
満面の笑顔で一気にまくしたてるレラッカに、少しとまどいながらもイーナはうなずいた。
「う、うん。あ、俺はイーナ・ミラキ。こいつは弟のヴィータで、こっちは、友達のワコジー。よろしくな」
「だれがアホだって……あ、なぁ、一緒に話そうぜ! 俺たちちょーどひましてっから」
「いいのか?」
タクの提案に、イーナが小首を傾げる。
「あ、あぁ」
その仕草にわずかに頬を染めるタクを見て、無性にイラッときたワコジーが口をはさむ。
「おいっ、言っとくけど、こいつ男だぜ!」
「は? お……男?!」
「うわっ何アンタ、知らなかったのー? バッカだなー昨日から噂になってたのにー」
ケタケタと笑うレラッカに、今度は恥ずかしさで真っ赤になりながらタクが反論する。
「う、うっせーなっ! だ、だいたい男のこいつがこんなにかわいいのに、テメーには可愛げがまったく感じられねー!!」
「なっ…言ったなー!! アンタこそ男のくせに暗がり怖いとか度胸なさすぎっ!!」
「うっせー!! お前こそ」
「「けんかはだめー!」」
いつの間にか仲直りをしたらしいヴィータとア・ヤカが、二人並んでタクとレラッカに叫び、二人は瞬時に静かになる。
「ワコジー、あの二人、仲良しだな」
「……そうか?」
その後6人は、公園の一角の木陰に陣取り、たわいもない話に花を咲かせた。
シャマイ村の慣習や人々の暮らし、同世代の変り者、などなど、およそイーナたちが知っておくべき知識が一通り(主にレラッカの口から)解説された。
「なぁ、ところでさ、おまえらはどこから来たんだよ? 俺たちの話ばっかじゃつまんねー」
シャマイの話に一区切りが付いたとき、タクが興味深げに切り出した。
「あーえっと、俺はさ」
イーナの過去をそう簡単に明かしていいものなのか判断がつきかね、ワコジーはまず自分の身の上から話すことにした。
「俺、マーメイド帝国の皇太子。人間に憧れて、海の魔女っつーか……結局はお父様か? に魔法かけてもらって、人間になったんだ」
どこか懐かしい沈黙が、6人の間を流れる。
「ぷっ……だっはー!! あんたみたいのが人魚? マーメイド?! つか皇太子?!」
「ぎゃーっはっはっ!! おい、あんま笑わせんなよなっ! あーくるし……ひーっひっひっ!!!」
大爆笑しはじめるレラッカとタクに、ワコジーは唇を尖らせて反論する。
「マジなんだって!! 俺、人魚なんだって!!」
「でもーうろこないよ〜?」
ア・ヤカがヴィータの髪をみつあみにしながら言う。
「だからー人間にしてもらったから、もぉウロコはねーのっ!」
「つまんなーい……はい、できたよヴィータ!」
ヴィータの髪が五本のみつあみに分けられているのを横目に、イーナも話に加わる。
「ワコジーは、ほんとに人魚なんだぞ。俺、ワコジーに助けてもらって……」
「イーナが言うなら信じてあげるー」
「まぁ、イーナはうそつかなそーだしな」
「おい、何その差!!」
態度を一変させたレラッカとタクは、今度はイーナに話をふる。
「イーナは? イーナも人魚?」
「見た目シャマイだけど、お前みたいなの見たことねーしな」
「あ、えっと……」
イーナが困ったようにワコジーを見つめる。
それはそうだろう。せっかくできた友達に、自分が暗殺者だったなどと告げたら……
きっと、まだ子供な自分達ではうまく説明できない。だから、これはマヤンやジンに任せておくべきなのだろう。
「ごめん、こいつのことは、今は言いたくねーんだ」
「ワコジー……」
ワコジーの神妙な口調に何かを悟ったのだろう、レラッカとタクはそれ以上追求してこなかった。
「ま、それはまた今度でもいーよね! イーナかわいいしゆるしてあげる!」
「おぅ、それよりさ、昼飯くって遊ぼうぜ!!」
気が付けば、朝のさわやかな空気はいつのまにか、昼の熱気へとかわりはじめている。
「おなかへったー!」
「僕も!」
手をつないで立ち上がるヴィータとア・ヤカの無邪気な声に、四人もつられて立ち上がる。
「よしゃ! じゃ、行こうよ♪ うまい食堂があるんだー!」
「おら行くぞちびども!」
「行こうぜイーナ!」
「うん。あ!」
イーナは小さくつぶやくと、
「ワコジー、ありがとな」
それがさっきのワコジーの気遣いに対するものなんだ、とか
イーナはこれが挨拶だと思い込んでるんだ、とか
そんなこと説明する暇もないままに、
「……?!」
「きゃー!」
タクとレラッカの目の前で、ワコジーの唇はイーナのそれに奪われた。
[続く]