第4話
‡第四話‡
「お、お、おはようございます!!」
遠慮がちにノックした扉が、誰も触れていないのに勢いよく開いた。
「あ、ワコジーさん! おはよう!!」
中で興味津々に何かを見ていたヴィータが、恐々とミラキ家の玄関に立つワコジーに気付き、満面の笑顔で手をふり駆け寄ってくる。
「おっすヴィータ! 元気か?」
とりあえずマヤンがいないようなので安心したワコジーは、足にしがみつくヴィータの頭を撫でながらニカッと笑う。
「うん、元気!! にいちゃーん!! ワコジーさんきたよ!!!」
「わかった」
奥の方から澄んだ声が聞こえ、イーナが姿をあらわし、
「お、おまっ……どうしたんだよそのかっこ……?!」
「ん? ああ、これか?」
わずかに不思議そうな顔で、イーナは身に纏う純白のフリルエプロンの裾をひっぱった。
「マ……えと、母さんが、料理できないって言うから、俺がかわりにやることになって……んで、今朝早くジンさんが来てな、料理をする時はちゃんとこれ着なきゃだめ、って置いてってくれたんだ」
「んの変態オヤジっ!!!」
神妙な顔で説明するイーナに、ワコジーは顔を真っ赤にしながらジンへの悪態をついた。
人魚だって、ちょっとした衣服は着る。その感覚は、人間のものと大差ないはずだ。
そしてその感覚が間違っていなければ、普通男はフリルのエプロンなどしない。
「なぁワコジー、顔が赤いぞ? 熱でもあるんじゃないのか?」
「え?」
イーナのあまりにも可愛らしい姿に気をとられるあまり、その顔が接近してきていることにワコジーは気が付かなかった。
「ん……微熱?」
「っ……!!」
イーナのひんやりとした額がワコジーのほてった額に押しあてられ、ワコジーは声にならない叫びをあげた。
「おまえ、い、い、いつもそうやって……?!」
「え? あ、あぁ、ヴィータたまに熱出したりするから」
何でもないように言うイーナに、ワコジーはとりあえず気持ちを落ち着けようと深呼吸した。
「あー……えとさ! 今日は、シャマイ村を色々見て回ろうぜ!! この前来たときんじゃ足りねーからさ!」
「うん、そうだな」
「わーい!! おさんぽ!!」
はしゃぐヴィータとさっそくエプロンをとって支度するイーナを眺め、ふと、まだイーナの笑顔を見ていないことに思い当たる。
「(笑ったら、きっと、もっとかわいい……かわいい?!)」
「なにしてるのさワコジーさん! はやくいこう!!」
「あ、おぅ!!」
ヴィータに手をひっぱられ、ワコジーたち三人は、朝のシャマイ村へと繰り出した。
「おい! あの子だぜあの子!!」
「マヤン様の養子になったって聞いた……」
「かわいいなぁ……男でもあんだけかわいけりゃ……」
「あんなかわいい兄弟初めて見たわ!」
「なぁ結局あのたらこ唇は誰なんだ?」
昨晩からの興奮冷めやらぬ様子の村人たちの間を、三人はゆっくりと歩いていた。
「誰がたらこだっ……!!」
イーナとヴィータの神がかった美貌に比べれば、自分などたいしたことはないだろう。
「そんなにまずくはねーはずなのに……」
確かにワコジーも、美形の部類に十分入る。だが本人的にはチャームポイントだと思っている厚めの唇が、美の神と並んではあだとなっているようだ。
「ねーねー、あそこにこーえんあるよ! あそこであそぼー!!」
「いいか、ワコジー?」
ヴィータの指差す先には、
「シャマイ公園」とかかれた札が入り口にたてられた広場がある。
「おぅ、いいぜ! あそこなら、友達できるかもしんねーし」
「わーい!!」
「あ、こらヴィータ! 走っちゃだめ!!」
「はやくはやくーはぶぁっ!!!」
「わっ!」
はしゃいで駆け出したヴィータが、兄たちの方に目を向けた瞬間、公園の入り口に立っていた幼い女の子に激突してしまった。
「いたーい!」
「ご、ご、ごめん!!」
転んで泣きだす女の子に、ヴィータが焦って手を差し伸べようとすると……
「おーいア・ヤカーだいじょーぶー?」
「こらくそガキ! 謝れ!!」
公園の奥から、ワコジーやイーナと同じ年くらいの少年と少女が駆け寄ってきた。
[続く]