第1話
‡第1話‡
痛いほどの視線に含まれる意味などおそらく、本人はまったくわかっていないだろう。
「イーナ……あ、あのさ……」
「ん? なんだ?」
小首を傾げる少年を、ワコジーは視線からかばうように隣に引き寄せた。
「わわっ! どうしたんだ?」
「や、なんつーか……」
黒派討伐を終えたその足で、ワコジーとイーナはジンにつれられシャマイ村へと戻ってきていた。
族長暗殺未遂事件への警戒から一転、黒派の滅亡と言う喜びのニュースに沸き立つ村は、夜だと言うのにモランたちがざわめき、楽しげに会話したり踊ったりしている。
だが、そのざわめきが、自分達が歩く道にそって次々と止んでいく。
その原因は一つ。
「だ、だれ……?」
「わぁ……」
「かわい……」
あちこちからあがる夢見心地な感嘆の声。
老若男女、イーナを見た全ての者は、頬を染め、ため息をつき、その神がかった美貌に魂を抜き取られたようになっていた。
「なぁ、やっぱり皆、俺のこと怖がってるのか? 族長を殺そうとしたんだし……」
しかしイーナは周りの反応を違う意味に解釈していたらしい。以前表情に乏しい顔に、わずかな不安をよぎらせる。
「そ、それはないと思うけど……」
「そうかそんなに心配かワコジー。ならおじさんがイーナを抱っこしていってやろう」
返答に迷うワコジーに、すかさず前を歩くジンが口を出す。
「だぁーっ!! 何考えてんだ変態オヤジっ!!」
「ワコジー! 恩人にむかって怒鳴ったりしたらだめ!!」
くつくつと笑うジンに今にも飛び掛かろうとしていたワコジーを止めようとしたのだろう、イーナの細い体がワコジーに抱きついてくる。
「―――っ!!」
とたん、沿道からあがる声にならない叫び。
「なんだ彼氏もちかよ!!」
「あんなガキにっ……!!」
「つかあのたらこ唇誰だよっ!!」
「〜〜っ……」
不思議そうな顔をするイーナとついに爆笑しはじめたジンに、ワコジーはいたたまれない気分になった。
「おや、お帰りなさいジン。ご苦労様でしたね」
夕方には惨劇の舞台となっていた族長の屋敷も、いまはきちんと元どおりに片付いている。
その玄関口にたたずむ、全身を赤チェックの布で覆った女が、ジンたち三人を見て労いの声をかけた。
「ああ、マヤン。ほれ、こっちがワコジーで、このカワイ子ちゃんがイーナだ」
「マヤン?!」
どこかで聞いたことのある名前に、ワコジーはマヤンと呼ばれた女を凝視した。なんか見覚えが……
「ぐああっ!」
「ワコジー?!」
しかし、思い出そうとすると腹が痛くなる。足とおしりをぴくぴくさせながら、ワコジーは
「だいじょぶだ」と答えた。
「ふむ。君たち、色々と苦労をかけてすみませんでしたね。さぁ、中にお入りなさい。ヴィータくんがお兄ちゃんの帰りを待ちわびてますよ」
『お、男?!』
野次馬たちの悲痛な叫びを背中に、マヤンに続いてジンたち三人も族長の屋敷へと足を踏み入れた。
「あ! 兄ちゃん!! にいちゃーん!!!」
応接間に入るとすぐ、兄の姿を確認したヴィータが駆け寄ってきて、思いっきりイーナに抱きついた。
「ヴィータ! よかった……怪我してないか?!」
「うん、へーきだよ! さびしかったよぉ……ふぇ……」
甲高い声で泣きだすヴィータの背を、イーナの薄い手が優しくなぜる。
「大丈夫……もう、怖い想いしなくていいからな……」
「よかったなヴィータ!」
ワコジーもヴィータの頭を撫でる。
「ワコジーさんも、いっしょに、いて、くれるの?」
「おぅ! ずっとトモダチだぜ!!」
ニカッと笑うワコジーの肩を、マヤンがつつく。
「君、ちょっとその件で相談があるんですけど」
「へ?」
[続く]