7.依頼
定期的な経過報告でもない、ある日のこと。急に王宮に呼び出された。
今までも何度かあったそれに嫌な予感がしたが、国王に呼ばれては拒む訳にもいかない。
渋々呼び出しに応じ、通された部屋は会議の場。
そこには国王だけではなく、宰相から始まり様々な重鎮達がいた。ちらちらと好奇の目や嫌悪にまみれた目にさらされるのもいつものこと。
煩わしいとは思うが、この場から逃げ出したいと思うほど繊細な神経は持ち合わせていない。
顔を上げよ、と国王から許しを得た私はゆっくりと身体を起こした後、わざとらしくにこりと微笑む。
「何のご用件でしょうか、陛下」
許しも得ず、国王よりも先に発言したにも関わらず、それを咎める者は一人もいなかった。
しんっと、静まった中で「話が早くて助かる」と王がふっと笑う。
曰く、高貴なお方が一週間ほど意識が無いまま眠り続けているため、調夢師を派遣しろと。
「来月には婚姻を控えている者だ。辛うじて生き長らえてはいるが、衰弱死させるわけにもいかない」
「病等の可能性は」
「特にないな」
「……その方は婚姻に関して、どのような反応を示していたのでしょうか」
遠回しに婚姻が嫌で夢に逃げたのかと訊ねると、どうだろうなとそっと目を閉じた。
「あれに限って、逃げたとは思えぬ。だが他に原因を探そうにも、皆揃ってそれ以外に心当たりがないと言う」
それはそれは、大変ですこと。
内心で冷めた返答をしつつも、表では少しばかり驚きの表情を見せる。
「陛下がそう仰るということは、よくご自分の立場を理解した冷静な方なのでしょうね」
これは国王以外に対しての嫌味だ。
決められた婚姻から逃げようとしない。当たり前の事ではあるが、やはり否を唱える者はいる。抗議する者、悲嘆する者が少なからずいるのが現状だ。
そんな中、国王自ら「義務を疎かにするような者ではない」と言っているのだ。
今更、結婚が嫌で……なんて苦し紛れなことを言わないでくださいましね?
さっと見回すと、一部……きっと関係者なのだろう……が蒼褪めている。
やはり、別に理由があるようだ。この場では言えない理由が。
「どんな手段を使っても良い。あれを目覚めさせよ」
何も知らずに聞いていれば無理難題を押し付けられているように見えるだろう。
だが、あの子の存在を知っている者からすればただの仕事依頼だ。
かしこまりました、と一礼した私は明らかに足りない情報について訊ねる。
「そのお目覚めにならないお方とはどちら様でしょうか?」
「あぁ、それは……」
やっと聞いてくれたかとばかりにニヤリと笑った国王が場違いにも楽しそうに答えてくれる。
話題に上がった人物が誰なのか知った私は、確かにあの子ならば婚姻ごときで逃げるはずも、迷うはずもないと納得した。
むしろ、そんなふざけた理由を仮定したと言うのならば、私に対しての侮辱でもある。
だから最上級の笑顔を張り付けて、会議という名の責任の擦り付け合いをしていた皆様を見回し、最後に国王見据える。
「お目覚めになった際には、相応の報酬を頂けますか?」
弁えろ!とか騒ぎそうな連中は私と王が揃って目で黙らせた。黙れ、と口に出さないだけ良いと思ってくださいな。
顔をしかめている者たちを無視して、王は「もちろん」と快諾してくださった。
「お寝坊さんを起こしてもらえますか?」
優月達から離れ、別室に移動した私たちは対面式に座る。そして、開閉一番に私はそう言った。
色々とはしょって言ったばかりに夢月は「……?」と不思議そうにしている。
癒しを求めてその顔を存分に堪能してから本題に入った。
「実は、とある方がここ一週間ほど目を覚まさないらしいのです。詳しい理由は不明。政略結婚を控えているらしく、一刻も早く目を覚まさせて欲しいとの事」
会議で聞いた内容ををかいつまんで話すと、夢月は「それは……」となんとも言いづらそうに言葉を濁す。
何を言いたいのか何となくわかるため、頷いて言葉を促した。
「夢に逃げているのか、迷い込んだのか……」
どちらでしょう、と控え目に訊ねる彼女に「どちらでしょうね」と少し意地悪をしてみる。誰、とも伝えていないため夢月が予想を立てられるはずもないのに。
「逃げたのではない、と私は思いたいのです」
眠りから覚めないというのは、一時私が預かったことのある子でした。
当初、まだ幼いがとてもしっかりしていて、自分の立場を考え行動できる良く出来た子。負の感情を表に出して適度に息抜きも出来ないほど真面目で、しかし自分の意見を殺すわけでもない。相手の気に障らないように気を付けながらでもはっきりと物を言っていた。
そんなあの子が、政略結婚如きで逃げる筈がない。
「どちらにせよ、来月には嫁ぐ身。このままでは困ると、大臣たちが騒いでいましてね。けれど、心当たりは無いと言い張るものですから」
夢から覚めさせるだけではなく、原因も見つけてきて欲しいのです。
依頼を告げると、夢月はゆっくりと頭を下げた。
「仰せのままに」
夢月をおいて部屋から退出しリビングに戻ると、待ち構えていたのかすぐに優月が駆け寄ってきた。腕に歩月を抱えたままでいる為か、駆け寄るといっても速足程度。
「母上、夢月は……」
戻ってきた母親に第一声がこれである。おかえりなさいの一つあってもいいだろうに。
腕に抱かれた歩月も「むつきはー?」と心配そうに訊ねてきた。いつも一緒に居た人の姿が見えなくて不安なのだろう。
少し寂しいが、気持ちがわからなくもないため苦笑だけに留めておく。
「お仕事に行きました」
両手を向けると、気が付いた歩月も手をこちらへと伸ばす。落ちないようにと、優月は持ち方を変え差し出してきた。だが、非力な愚息の腕が少しプルプルと震えている。
微笑ましいことだ。
面白いのでそのままにしても良かったが、耐え切れなければ歩月が怪我をしてしまう。
それは拙いため「はは、うえ……」と必死そうな声を聞いてから歩月を抱き上げた。
「全く、これしきの事で情けない」
大げさに嘆いて見せると頬を引き攣らせて黙りこくった。言い返さない辺り、自覚はあるようだ。
さすがにこれ以上このことで苛めるのは可哀想か、と思っていたら「なさけないー?」と私の腕の中から追撃があった。さすが私の息子。
実際は無邪気に私の言葉を繰り返しただけですけれどね。
「お仕事の邪魔をしてはいけませんよ」
歩月をあやしながら、横目で優月を見て釘を刺す。夢に干渉できない私にはこれくらいしか出来ない。
少しの沈黙後「……はい」と一応返事が聞けたが、この愚息が大人しく言うことをきくことはないだろう。
せめて、あの子の負担になりませんように。
今頃、夢の中にいるだろう愛しい子を思い浮かべながらそう願った。