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17.お姉ちゃんっ子

 特に問題も起こらず、姉は無事に輿入れをした。

 式当日、純白の衣装を纏い微笑む姿は文句なしに美しかった。中身があの姉だとわかっていても、思わず見惚れたほどだ。

 姉がここを去ってから数日が経った。

 少し刺激的だった二週間に比べ、平穏な日々を送っている。

 ソファーに座って本を読んでいると、昼寝から中途半端に目を覚ましたらしい歩月(ふづき)が横でむくっと起き上がった。

 誰かを探すようにきょろきょろと周りを見た後、目的人物を見つけられずに「んー……」と唸り声を上げてむずがる。

「もう少し、寝ていてもいいよ」

 いつもよりも随分早く起きた歩月の頭を撫でて寝かしつけようとしたが、「ふわぁっ」と大きな欠伸を吐き出すばかりで横になろうとしない。ごしごしと目を擦っている。

 あまり強く擦って腫らしてしまうのも良くないとそっと手を取ろうとしたら、それよりも早く服を引っ張られた。

「むつきはー?」

 不安そうな声。潤んでいる瞳はきっと欠伸だけが理由ではないだろう。

「お母様とお話中だよ」

 読んでいた本はテーブルに置き、代わりに歩月を抱き上げる。

 落ち着かせるようにゆっくりと身体を揺らしながら背中をぽんぽんと叩いてやるが、身体を離すように後ろに体重をかけられた。

「っ!」

 あっぶなかったぁ……。

 幸い落とさずに済んだが、油断していたため体制を崩しそうになり一瞬ひやっとした。

 そんな俺の心情など知らない歩月は首を傾げる。

「すぐくる?」

「どうだろうね……」

 こればかりは母次第なので答えようがない。

 しょんぼりとして眉を下げた歩月の頭を撫でると、そのままこちらの方に身体を預けてきた。

 寂しそうにしているところ悪いと思うが、こうやって甘えてくれることが嬉しい。

 きっと好き嫌いの順位で夢月に負けているのだろうが。俺だと若干不服そうだし。

 兄として複雑だが、この子の姉のような存在である夢月相手に勝てる気はしないため仕方がないと思う事にする。

 家族の中で序列が下でも気にしないさ。嫌われていなければそれでいいよ、うん。

 心の汗が瞳から流れそうになったが、なんとかせき止めた。

「歩月は夢月が好きだな」

 普段から夢月にべったり引っ付いている様子を思い浮かべ、不意に口にした言葉。

 それに反応して、ガバッと勢いよく起き上がる。

「うん、すき!」

 先程と打って変わり、きらきらとした瞳で即答された。

 元気になったのは良いことだが、急に動くのは勘弁してほしい。またもや寿命が縮みそうになった。

「むつきといっしょだとね、ぽかぽかするの」

 好きな人の話が出来る事が嬉しいのだろう。にこにこと笑いながら歩月が言う。

「ぽかぽか?」

「そうなの。ぽかぽかって」

 ここ、と指さしたのは胸辺り。

 夢月といると、心が温かくなる、ということなのだろう。

「……わかる気がする」

 彼女の傍は居心地が良い。どうして、と問われれば様々な理由が挙げられるが、根っこの所はよくわからない。

 ずっと共に過ごしてきた気安さもあるだろう。

 今でこそ、こうやって別行動を取っても大丈夫だが、出会った当初は片時も離れなかったっけ……。傍に居ない事が不安で仕方がなかった。

 現の世界でも夢の世界でも付きっきりで傍に居てくれた夢月には感謝している。彼女が居なかったら、きっとこうして歩月と話すことも触れることもなかっただろう。

 絶対に自分を裏切らない、信頼できる人。

 それを知っているからこそ傍に居て安心し、気持ちも穏やかになるのかもしれない。

「おにぃさまも?むつき、すき?」

 首を傾げて無邪気に訊ねてくる弟に「うん」と答える。

「好きだよ。もちろん、歩月の事もね」

「ふづきもー!いっしょね?」

「一緒だね」

 きゃっきゃっと笑う歩月を見て、自然と頬が緩む。

 自分が好いている人を相手も好いているという事も、何より歩月が元気に笑っている姿が嬉しい。

 きっと、夢月が恩人だという所も俺たちは一緒だろう。

 まだ産声も上げていなかった頃の話など、歩月は覚えていないだろうが。

「ふぁぁ……」

 いつもならまだ眠っている時間というのもあるのか、また歩月が口を大きく開いて欠伸をした。

「寝るか?」

「んー……」

 首を横に振るが、手で擦っている瞳は既に半分閉じてうとうとしている。

 どうしたものかと思いつつ背中を優しく叩いていると、身体を預けて丸まる代わりにぎゅーと服を掴まれた。

「にぃさまもー」

 一緒に昼寝をしようと誘っているらしい。

 かといって二人で横たわるにはソファーでは窮屈だ。

 仕方がない、と抱き上げて寝室に向かう。その間にでも眠ってくれるだろうか、と思ったが予想に反して起きていた。

 ベッドに寝かそうとしたものの、もう殆んど開いていない瞳を逃げることは許さないとでもいうようにじっとこちらに向けている。

 観念して一緒にベッドで横になる事にした。

 満足したらしい歩月はぺたりとくっつき、暫くしてからやっと寝息を立て始める。服を掴んだ手はそのままで、離そうかとも思ったがすぐにやめた。

 必死に握っている小さな手を無理やり開いてまで何かやることがあるわけでもない。

「起きて誰もいないと寂しいだろうしね……」

 布団を引っ張り上げ、風邪をひかないようにしっかりと肩までかける。

 自分にもこんな小さな時があったな。

 まだ十四年しか生きていないわけだが、そんなことを思った。

 歩月は素直で元気な良い子に育っていると思う。それに比べて、俺はとても臆病で卑屈な子供だった。

 あの頃は、自分以外を敵の様に思っていたっけ。

 向けられる悪意に敏感で、だがどうして自分がそんな目で見られるのかわからなくて……

 嫌な事を思い出しそうになり、僅かに頭を振る。

 あぁ、いけない。全てがあんな人達ばかりではないのだから。そうわかっているのに、当時の記憶が呼び覚まされる。

 うつらうつらとしながら、少し嫌な予感がした。

このまま眠ってしまったら良くない夢を見るのではないかと。しかし、身体を起こすのも億劫で……布団に入ると眠くなる自分の身体が恨めしい。

 諦めて睡魔に身を任せる事にした。人間諦めも肝心だしな。

 大人しく目を閉じると視界は一気に暗くなる。しかし、頭では過去の映像が浮かんでは消えていった。

 こんな時はよく夢を見る。過去のトラウマを振り返るような、嫌な夢を……。

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