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15.感謝

「やはり、笑った顔も可愛いな。雪月様、この子私にくださいませんか?」

 たぶん無理だろうな。

 それを承知で頼んでみたのだが、思いの外に返事が返ってきたのは違う所からだった。

「なっ、何を仰いますか!」

 冗談じゃない、と今にも掴みかかって来そうな勢いで言う優月の姿に、ん?と内心首を傾げる。

 不貞腐れた顔や、イラついた顔は見ていたが、こうまで怒りを露わにして焦った顔は初めてだ。

「この子を気に入りまして。もしよろしければ、侍女として手元に置きたいのですが」

夢月(むつき)は物ではありません。本人の意思を無視して連れていくというのならば、それ相応のご覚悟を」

 雪月様に訊ねているのであって、優月に訊いているわけではないのだが。

 そう煽っても良いが、可哀想だろうか。この状況を面白いかも、と思っている時点で可哀想と思う資格はないが。

 にやにやとしたいのを堪えるのも少々大変だ。

「そう睨むな。折角可愛い顔が台無しだぞ?」

「可愛くなくて結構!」

 困った子を見るような顔を向けてやると、顔を真っ赤にして叫んだ。

 落ち着いた様子ではなく、明らかに感情が高ぶっているのがわかる。年相応な姿が見られて幾らか満足だ。

「まぁ、夢月は人気者ね。義母として、鼻が高いわ」

「……雪月様。ご冗談はいけません」

 ふふっと笑い声を上げる雪月様に、歩月を連れていつの間にか避難していた少女が淡々とした口調で返す。

 冗談ではないと思うけどな。

 しっかりと話を盗み聞きした後、威嚇するようにこちらを睨みつけている優月を一先ず放置して、三人の元へ向かう。

「貴女の名は、夢月というのだな」

 声をかけると、こちらを見てこくんと頷いた。

「はい。雪月様方にはそう呼ばれています」

「私も、その名で呼んでもいいか?」

「それは……」

 言いよどんだ少女は、伺いを立てる様に隣の人物に視線を送る。すると雪月様が了解するように笑って頷いた。

 それでやっと夢月が「はい」と返事を返す。

 一連のやり取りに違和感を抱いたが、敢えて追求はしなかった。

「敬語じゃなくてもいいのだが、夢月」

「現ではいけません」

 代わりに対等に話すことを望んでみるが、すぐさま拒否される。既に夢で言われていた事だったため「仕方がないか」とすぐに諦めた。

 本当にあの時の様に話せたらいいな、とは思っていたが食い下がろうとは思わない。

 これでも一応、現では王女だしな。

 後ろから「姉上!」と呼ぶ声が聞こえるが、無視させてもらう。いや、振り返りたいんだけどな。

 姉上、と呼んでくれたことが嬉しくて今すぐ振り返って抱きしめてやりたいところだが、ここは我慢だ。

「では、調夢師、ではなく、夢月に訊きましょう」

「はい……?」

 不思議そうにこちらを見る少女に、真剣な顔をして言う。

「外に、興味はありませんか?」

「……」

「私の元に来てくれるというのならば、外の世界を見せてあげられます。ここでは見られないものを、たくさん見られるでしょう」

 夢月は話を聞き終わると、考える様に視線を落とした。

 皆が彼女の返事を待つように口を開かない。まだ幼い歩月さえも何も言わずに、ただ不安げに見ていた。

 しんと静まった部屋で、夢月が「……外に興味はあります」と呟くように言う。

 後ろでビクッと優月が震えたのがわかった。

「しかし、一人で行っても何にも興味を持てないでしょう」

 そう言った彼女は顔を上げ、よそ見をせず真っ直ぐにこちらに視線を向ける。

「私は、優月様と共に外に出てみたいです」

 良かったな、弟よ、とは口には出さない。さすがにそこまで野暮なことはしないさ。

「そうか。それは残念だ」

 無理に連れていく気はなかったし、嫁ぎ先にまさか弟を連れていくわけにもいかない。大人しく引き下がるしか道はなさそうだ。

 諦めの言葉を吐くと、背後からは安心したように息を吐く音が聞こえた。



「振られてしまいました」

 調夢師という職業は特殊で一定の場所から出られないと聞いたことがある。

 だから、彼女を連れ出せないことくらいわかっていた。

 もちろん、頷いてくれるのならば頼み込んで輿入れの際に一緒に連れていこうかとも考えたが、結果は惨敗だ。

「夢月は愚息のことを慕ってくれていますからね」

 ころころと笑う雪月様の視線の先には、庭で遊ぶ歩月と子守をする優月達の姿。

 夢月がここに残る事を決めたお蔭か、優月の表情は柔らかい。

 突進するように駆けてきたり、転びそうになったりする歩月に慌てている姿もあるが、それ以外は隣にいる少女と共に微笑ましそうに弟の面倒をみている。

「雪月様は、これを狙っていたのですか?」

 立場の弱い優月に絶対的な加護を。

 優月は見た目や生まれから、他人に偏見を持たれている。幼い頃は外に出て人と触れ合う機会があったが、ある時からそれがめっきり減った。

 理由は調夢師である夢月を傍に置いていること、そして今現在、外との交流を絶っていることから何となく伺える。

 二人の仲が良いことは好ましいことではあるが、意図的に依存させているのではないかと勘繰ってしまう。

「いいえ。ただ、忘れ形見を大切にしたかっただけですよ」

 そう言って子供たちを眺めている姿はまさに子を見守る母親そのもので、邪な感情を一切感じられない。

 この人には敵わない、と思う。

 将来授かるだろう我が子を大切にしようと決めているが、ここまで守り育てられる自信がない。

「華月」

 ぼんやりと見つめていたが、急に呼ばれた声にはっとする。

「はい」

 慌てて返事を返すと、くすっと笑った雪月様がこちらを見た。

 手を伸ばし、目を覚ました時の様に頬に手を添えられる。しかし、今度は抓られない。

 優しく撫で、弟たちに向けていたのと同じ眼差しを私にも向けてくださった。

「貴女も大切な友人の子であり、一時とはいえ、私の子でもあったわ。どんなに大きくなっても、遠くに行ってしまっても、それは変わりません」

 抱き締める腕はお互い立ったままでも背中にまわり、幼い日は胸に埋められた顔は肩に乗せられるだけ。あの頃自分よりも大きいと思っていた雪月様は、今では私よりも小さい。

 あれから、時が経ったのだなと実感させられた。

 けれど

「私の大切な、可愛い愛し子ですよ」

 そう言う声も、背中をぽんぽんと優しく叩く手つきも変わっていなくて、視界がぼやけてくる。

 本当は離れたくなかった。この人に育てて欲しかった。

 我が儘だってわかっているし、どうしようもなかったことだったと理解している。それでも、当初は寂しくて仕方がなかった。

 それを引き摺ずったまま成人という歳を迎え、さらに他家に嫁ぐ年齢にまでなってしまった。

 夢で幼い姿で居たのはそう言う理由もあるのだろう。見た目は大きくなっても、中身は未熟で恥ずかしい。

「母を名乗ることも、貴女を子供と言うのもおこがましいかもしれませんけどね」

 抱き締めていた腕を解いた雪月様はそう言って苦笑なさるが、そんなことはないと首を横に振る。

 溜まった涙を零さないように気を付けながら、心からの感謝を述べる。

「いいえ、雪月様。私は雪月様を第二の母の様に思っているのです。ありがとうございました、お義母様」

 幼い頃の心の支えになって頂いたことと、こうして会うきっかけを作ってくださったことに。

 浮かべた私の笑みは下手だったろうが、それでも雪月様は嬉しそうに微笑んだ。

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