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庭師エリックが見つけたもの

作者:

R15は保険です。

「じゃあまた。ありがとな」


 今日の庭仕事の手伝いを終えたハルが、手を振って部屋に戻るのを見送る。たった今別れたばっかりなのに明日また会えるのがもうこんなに待ち遠しいなんて、ほんとおれどうしちゃったんだろう。


「はあ。とにかく残りの仕事片付けないと……ん? なんだ?」

 

 おれが気合を入れ直すと今日植え替えたライラの片隅で、妙に黒光りしている物を見つけた。拾い上げてみるとそれは黒い手帖だった。それはいいんだけど何の素材だろ、これ。なんで手帖なのにこんなぬめっとしてんの? うへえ。気持ち悪いなあ。


「う~ん」


 けど、落とした人が困ってるかも知れないよな。申し訳ないけどちょっと中見せて貰ったら誰のか分かるかな。届けてあげないと。


「よし!」


 なんか妙~に禍々しい雰囲気の手帖だけど、こんなトコに落とす様な物の中身がそうそう見ちゃやばいもんでもないだろうし。

 そう思ったおれは小さいのに何故かすごく重い手帖を自分でも良く分からない気合を入れてゆっくり開いてみた。え~と、何なに……?


 夕焼けの日

 9時 堤防の視察、及び洪水時安全対策委員会会議

 11時 カイナ村祭り予算委員会会議  

 12時 ヴェルグ家訪問

 13時 カイナ村孤児院慰問

 17時 芋煮会

 

「これって……」


 ぱらぱらと手帖を捲って見るとどのページにもどこどこに行くとか、誰彼に会うとか、びっしりと細かく仕事の予定が書き込まれていた。中には分刻みのものもある。

 こんなに仕事を抱えた人――これはきっと領主様の手帖だ。

 もう一ページ捲って確信する。

 

 白竜の日

 8時 モブソノイチ―他3名謁見

 10時 トランクール裁判所抜き打ち視察

 12時 ソノ二・ブレス・アロソニアコット嬢と会食

 13時 トランクール学校視察

 18時 カイルよりダクの森調査報告

  ・      ・

  ・      ・


 うん。書かれてたヴェルグって多分じいちゃんの事だよな。この前会いに行ったら、領主様が来たって言ってたし。飯時にきやがって、って言ってたから間違いない。それに、カイルって人、魔物が出るって噂の森に調査に行ってた魔術師のカイル様の事だよな。いくら手帖っていったってカイル様の事呼び捨てにできるのは領主様くらいだし。


「よし。……ん?」


 思えば確信した時点で、すぐに手帖を閉じて届けに行けば良かったのかもしれない。けどおれの目は、妙に強い筆圧で書かれたカイルより……という文字の、隅っこに小さく小さく書かれた、ハル、という文字に吸い寄せられて離れなくなってしまった。


「ハルって……」


 今日も一緒に仕事した、何でか分かんないけどおれの心臓をどきどきさせて、けど会うのがすごく嬉しくて、一緒に居るとそれだけですごく幸せになれるあのハル、だよな。

 ごくり、と喉が鳴るのが分かった。美丈夫と名高い領主様。いつも穏やかで優しくて、人間嫌いのじいちゃんでさえ絆を持った方。

 ダメだ、と思うのに手が止まらない。確認が済んだんだからこれ以上人の物勝手に見ちゃだめだ。それにこれは仕事の予定を書いた手帖で、ハルの事が書いてあるとは限らないんだし。

 だけどなんか予感めいたものがあって。

 おれはおそるおそるページを捲った。そこには。

 

 ハル かわいい。 かわいい。


 う、うん。ハルは可愛いよな。うん。領主様はいつも優しく甘い眼差しでハルを見つめてた。そんな領主様と笑いあうハルを思い出して心臓がずきり、と軋む。どきどきしたり痛かったり、ハルを想うと最近のおれの心臓はほんと忙しい。

 まあ、それはいい。あんま良くないけどそれはいい。けど。


「ひっ!?」

 

 ハルかわいいハルハル可愛いハルハルハルカワイイハルかわいいかわいいかわいいハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハル……

 

 これは……何。あれだけ書かれてた仕事の予定なんて一言もなく、隙間なくびっちりとページを埋め尽くしているハルの名前とカワイイと書かれた文字、文字、文字。


 ぞわっ。と全身の身の毛がよだつのが分かった。心臓が嫌な音を立てる。え。ナニコレ。はっきり言ってきもい。なんかこわい。狂ってる……病んでる? 


 そういえば。と頭の中のひどく冷静な部分が勝手に働いて思い返す。

 最近の領主様はどことなく変だった。

 普段はいつもお会いする時と変わらないのにその目が。ハルを見る時だけ、彼女が領主様の視線に気づかない時やカイル様が近くに居る時にだけ、ふっと昏く濁ったような、虚ろな瞳になる時があった。

 その背中に何か黒いもやもやが見えた気がして、おれは心臓だけじゃなくて目もおかしくなったのかと思ってたけど。あれは気のせいじゃなかったのかもしれない。


 怖いモノ見たさか。未知の恐怖に対抗しようとする生存本能か。おれの体は手帖を閉じる方には働いてくれなかった。震える指が、勝手にページを捲る。

 

 「っ!」


 どくん、とひときわ大きく心臓が音を立てた。そのページにはさっきみたいな文字の羅列も、仕事の予定も書かれていない。ただ、一言。


 ハルが好きだ。 


 ……好き。領主様が、ハルを。

 そのコトバは、何故かおれの胸にすとん、と落ちてきた。


 いつも明るい笑顔をくれるハル。言葉が通じなくても、その瞳を見ていれば伝わってくるあたたかな感情。一緒に居るとどきどきとうるさく音を立てる心臓。領主様やカイル様に笑いかけるとぎゅっと苦しくなって痛かった。病気かと思ったりもした。けど、ああ、そっか。隠れていたこの想いは。


 おれも、ハルが好きなんだ。


 まさか、こんな小さな手帖が教えてくれるなんて。いや、勝手に見たんだけどさ。

 さっきまでの恐怖はどこへやら、どこか満ち足りた気分でおれは手帖を落とした領主様に感謝した。そしてはた、と気付く。

 

「領主様が恋敵とか無理に決まってんじゃん!」


 気付いた今、おれだって気持ち負けないけどあんなにいっぱい名前書くなんてすげえきも……って言ったら失礼か。……濃ゆい想いでハルの事愛しちゃってるって事だよな? 権力とか財力とか顔面偏差値以前に相手悪すぎるだろ。

 それに、おれがハルと一緒に居るといつも湧いて出てきて威嚇してくるカイル様。

 今だから分かるけどあの方ももしかしたらハルの事好きなのかも……はっ! だから領主様あんな目で見てたり危険な森の調査に独りで行かせたりしたのか!? 怖っ。

 今までおれが何にもされなかったのは、まだこの気持ちに気付いてなかったから……とか? 怖っ。


「はああ~。おれ、前途多難……ん? はああっ!?」


 大きなため息をついたせいか、ただの風のイタズラか。

 開きっぱなしにしていた手帖がぱらりと捲れる。そこに書いてあったのは。


 ハルを〇したい。〇を〇して〇しまくって〇〇を〇〇したら〇〇〇して〇〇〇させたい。あああハルハルハル。愛してる。アイシテル。


「ダメだ……。ハルは絶対おれが守る!」


 ハルが幸せならおれだって幸せだけど、カイル様はともかく領主様はダメだ! いや、カイル様にだってやっぱり負けられない。

 庭師のおれにできる事なんてないかもしれないけど、真心だったら誰にも負けない。

 初めて見つけたおれの想い、おれ自身が強く持たなくちゃな。

 

 おれはぱたん、と手帖を閉じて決意を固めた。


 ……まずはこの手帖をちゃんと届ける事が試練だな。 


  

読んで下さりありがとうございます。エリックは実はこの時点で一番ハルちゃんからの好感度が高いです。

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