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気体から  作者: はるあみ
7/20

また会えるね


【また会えるね】


(1)


 の公演を無事に終えた雄大は、次の新入生歓迎公演の準備をしていた。

 今度は役者ではなく大道具の手伝いをすることにしたのは、恋人の沙織に「今度の芝居は雄大には合わないよ」と言われたからだった。

 本当はやりたい役があったのだが、それを言いだすことは出来なかった。

 子供の頃から不器用で図工が苦手だった。しかし、サークルに入ってからトンカチやノコギリを使うようになると、案外、自分は不器用ではないのだと嬉しくなることがある。

 父の晴生には「お前は不器用だな」と何度も言われたことを、悔しく思う。

 学生会館の中庭で、芝居で使う森の背景を作るために、ベニヤ板にペンキを塗っていると、新入生らしき女の子二人が声をかけてきた。

「すいません。このサークルって裏方も募集してますか」

 雄大はしていたマスクを取り、口元に笑顔を作ると「裏方専門の人もいるよ。特に企画とか演出とかがしたい人なんかはね」と勧誘した。

「出来れば、照明をやりたいんです」

 照明が好きなメンバーもいるにはいるが、多くの場合、機材のレンタルを含めプロにお願いしている。

 嘘をつこうとすると不機嫌な顔になる雄大は「まあ、証明もあるけどね」とちょっとぶっきら棒な言い方になってしまい。慌ててまた笑顔を作った。

 雄大の言い方に怯んだ女の子は、「そうですか」と雄大よりも下手な作り笑いを頬に浮かべ、隣で雄大の顔ばかり見ていた友だちの袖を軽く引っ張った。

「でも、照明って芝居にはすごく大切だからさ、良かったら名前と学部を教えてよ」

 せっかく勇気を出して声をかけてくれたのに、嫌な思いをさせてしまったのではないかと雄大は後悔して声をかけた。

 二年前、芝居の経験のない雄大がサークルの人に声をかけたときは、本当にドキドキした。

「えっ」

 女の子は雄大に名前を聞かれたことに驚きと喜びを「えっ」っという短い言葉と自然な笑顔で表した。

「教えてくれたら、あとでちゃんと説明しに行くよ」

 ナンパなどしたことのない雄大は、焦りながら早口で言い頭をいた。

「商学部の山野繭です」

 雄大は、【商 山野マユ】とノコギリで切ったベニヤの切れ端にマジックで書くと「ありがとう」と言い、隣でニヤニヤしてる友だちの顔を見た。

「私は商学部の佐々木美貴です。私は照明より企画とかがいいかな」

 その言い方にはあまり真実味が感じられず、ちょっと馬鹿にされた気分になり【ササキ キ】と雑に書いた。

 繭と美貴が立ち去ると、雄大は切れ端に目を落とし「また、会えるね」と何気なく呟いた。


(2)


 繭が芸術系の学部と迷った末に、商学部にしたのは父親の一言だった。

「大学まで行かすんだから、ちゃんと金を稼げるようになれよ」

 繭の父がお金に恵まれないのは、自分の学歴のせいだと思い始めていた。自分は大工として汗水流して稼ぐ金は、不景気のせいで年々減っている。

 しかし、大手の建会社に勤める大学を卒業しただけで、何も仕事のことなど分かっていない若者が、高そうなネクタイ姿で現場を歩いているのが気に食わなかった。

 娘の繭を東京の大学に行かしたのは経済的に無理をしてでもしようと決心したのには、そんな父親の気持ちがあった。

 商学部を出ればお金持ちになれる訳ではないが、とりあえず芸術系の学部よりも父親は納得するだろう。繭はそう思ったのだ。

 それでも、繭の夢が変わったわけではない。

 高校二年の時に、地元の大学で見た英語劇。セリフの半分以上は分からなかったが、何色にも変わるライトの演出に繭は魅せられた。

 それまで、将来は地元で店員でもやりながら結婚をしようと思っていたが、その瞬間に初めて自分の夢が漠然とではあるが出来た。

 だから、最初に進路で悩んだときは映像の専門学校に行こうと考えていた。

 しかし、父親や遠くに住む母親と話をするうちに、両親とも大学進学を希望していることが伝わってきた。

 悩んだ末に繭が選んだのは商学部に行きながら照明の勉強をするという期待だけで、なんの計画もない将来を描いていた。

 大学に進んだ繭が目にしたのは、サークルの勧誘ポスターだった。

【芝居が下手、歌が下手、踊りなんかしたことない。でも、舞台が好きな君、僕たちは待ってます】

 変顔での集合写真、繭はその中に雄大を見つけた。

 前の列の一番端で大口を開けて笑っている顔が、とても楽しそうだった。

 その顔はマスクをしていてもすぐに分かった。

 ノコギリを片手にベニヤ板と格闘する雄大に声をかけるには、美貴がいなければ出来なかっただろう。

 美貴とは大学に入ってから知り合った。人見知りの繭に「なんかつまんないね」と入学式の時にいきなり声をかけてくれたのが美貴だった。

 裕福だが両親の仲が悪く美貴は家に帰りたがらず、週に四日は繭のアパートで寝泊りをするようになった。

「家に帰りなよ」

「いいじゃん、ここのが学校に近いんだからさ」

「学校に行っても授業なんか受けてないじゃん」

「なんでよ、いいじゃん」

「美貴がいると食費がかかるよ」

 言いたいことの半分も言えない性格の繭が、自分のことを隠さず話す性格の美貴にだけは言いたい放題言えた。

 最初に雄大に声をかけてくれたのは美貴だった。

「お芝居の道具を作ってるんでしょう」

 美貴の言葉に雄大はマスクをしたまま「そうだよ」とだけ答えたが、繭が「裏方をやりたいんです」と言ったときは、マスクを外して笑ってくれた。

 学部も名前も知らない大口を開けて笑う男の子は、「また会えるね」そう言ってくれた気がした。



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