巡り会う
【巡り合う】
会場が暗くなる。
一番後ろの席で、朝美がひとり緊張しながら幕が開くのを待っている。
「また遅くなるよなら、香里は置いていきなよ。この前も風邪をひいたんだから」
夫は冷たい声で香里を連れて行くのを拒んだ。
「お腹の子も繭ちゃんも同じ子供だよ」
香里を妊娠した時に戸惑う朝美に夫は言った。その言葉は嘘だったのだろうか。そうは思いたくはない。
しかし、夫は繭と会うことを昔から快く思っていなかった。そのことに気がついたのは、繭の受験が決まった頃だ。
「なんで君が全部(お金)を出すの」
我が家が裕福でないことも、貯金の額も分かっている。それでも、繭に出来るだけのことをしてあげたいと思うのは、自分が背負った罰だと思っている。
「過去は記憶だけど、その記憶を変えることも出来るのかもしれないね」
繭の学費のことで迷っているとき、晴生はそんなことを朝美に言った。
「めぐり逢うのまでには、人は色んな過去を歩いてくるじゃない。そして、めぐり逢った人を好きになるのって、その人が歩いてきた道も一緒に好きになることじゃないかな。
それが、明るい道だけじゃないとしてもね」
晴生が言った言葉。それは、夫に対しても申し訳ない気持ちを抱いていた朝美の心に深く浸み込んだ。
舞台の幕が左右に開き十人ほどの若い役者の卵たちが踊り始めた。
芝居はュージカル仕立てのラブコメデイー。
朝美は繭がいつ出るのかと、舞台で踊る女の子の顔をじっくりと一人ひとり夢中で見回した。
「すいません」
隣の席に小声で男が座ったが、暗くなった劇場ではその顔は見えない。
顔は見えなくても、その声と微かな香りですぐに晴生だと分かった。
「はっ」思わず声が出そうになる朝美の口を、晴生をすぐに自分の手で押さえた。
「話は後でね」
晴生は押さえていた手を朝美の口から離し、舞台を見るように指さした。
朝美の脈拍は鎮まることがなく、ずっとバクバクと大きく波打っている間、芝居は進み雄大が出てきた。
短パンにアロハシャツ姿で、ホテルの従業員を演じる雄大に苦笑いしながら「息子だよ」と朝美の耳元で囁いた。
晴生の言葉に朝美はまた「えっ」と大きな声を出しそうになって口を押えられた。
「娘、繭、繭」
口を押えられながらモゴモゴと雄大の後ろで踊る女の子を指さした。




