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気体から  作者: はるあみ
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運命だから

【運命だから】


 初夏の空気が湿る朝に、朝美が市場から届いた花を店先に並べていると、腹痛に襲われた。

(もしかしたら)

 五年前、腹部に違和感を覚えた朝美が、検査を受けると腸に小さいが悪性腫瘍が見つかっていた。

 血の気が引き、立っていられないほどショックだった。

 自分は長生きは出来ないだろうと、特に理由もなく思っていたが、まさかこんなに早くに死が身近に迫るとも予想していなかった。

 朝美は悩んだ末に、夫にも娘にも悪性であることを告げず手術を受けた。

 腫瘍は綺麗に削除され、転移の心配はないが「癌になりやすい体質かもしれませんから、ちょんと定期的に検査を受けてくださいね」と医者に念をおされたのに、朝美は受けるのをサボりがちになっている。

「私、癌かもしれない」晴生に告げた。

 就職活動を諦め専門学校に通い始めた晴生は、最初に出会った頃よりも顔色が良く、溜息がなくなった。

「きっと、治るよ」

 晴生が前から気になっていた資格をとり、地道に仕事をしたいと思いだしたのは、朝美のお蔭だと思っている。

 朝美は、晴生のために買物の行き帰りには求人の張り紙を探し、日曜に入る求人公告にも赤いペンでしるしをつけた。

「こんな仕事じゃだめだよね」

 朝美は申し訳なさそうに広告を晴生に見せる。

「駄目じゃないけど、俺には無理かな」

 朝美の気持ちは分かっていたが、再就職が上手くいかないでいる晴生にとっては、あまり嬉しくない親切だった。

 素直になれない。

 晴生はそんな自分が嫌いだった。それはいつからだろう。

 覚えているは思春期の頃から人の意見に従うことに抵抗を覚え、どうしても素直に「はい」といえない自分がいる。

「余計なことだって分かってるんだけどさ、晴のために何かしたくなるんだ」

 朝美と晴生はある時から、「晴」「朝」と呼び合うようになった。

 それは、二人が大切にしている川辺の花壇が、誰かに荒らされた日だった。

 花屋が始まる前の朝の十分間、二人は花壇の手入れをすることにしていた。

 特に約束をしたわではないのだが、それは二人の習慣になっていた。

「どうして、誰よ」

 先に来て黙って立っていた晴生に朝美は声を震わせた。

「前に住んでいた浮浪者かな」

 晴生は花壇の近くにある焚火の跡を足先で示し「腹がたったんだろうね」と言った。

「どうして腹が立つの」

 朝美には理解できなかった。花を踏散らして楽しいと思う人がいるとは思えない。

「ここは、彼の宇宙だったんだよ。ここで丸くなり眠るとき、何にも邪魔はされたくなかった。美しい花なんかいらない。

 目をつぶりどこまでも続く自分の宇宙を彷徨いたかったんじゃない」

 晴生の言ったことの半分も理解出来なかったのかもしれない。それでも、晴生の中にある暗く冷たい宇宙が、そこにあることだけは分かった。

「晴」

 花壇に積んだ小石を拾おうとする晴生の背中に手をのせたとき、自然と「晴」と呼びかけていた。

「朝が積んだんよね、この小石」

 晴生は一番白い石を探し、ポケットの中に入れた。

「うん」

 朝美も晴生の横に屈、小石を拾った。

「今度は俺の中に花壇を作るよ。誰にも壊されない花壇」

 晴生は朝美に口づけをしたかった。そして、朝美もしてしいと思った。


 それから暫くして、朝美はフラワーアレンジメントのパンフレットを晴生に見せた。

「本格的に勉強したいんだ」

「いいね、俺もなんか資格でも取ろうかな」

「そうしなよ、それで近くで働けばいいのに」

 晴生は素直に嬉しかった。「好き」なんてことをお互いに言ったことはない。

 でも、言葉以上にその気持ちは伝わっていた。


「まだ、朝は死なないよ」

 晴生は唇を震わす朝美の肩を軽く叩いた。

「どうしてよ」

 珍しく強い口調で問い詰められた晴生は、言葉につまりながら「運命だから」と答えた。

 朝美に出会ってから「運命」という言葉をよく思い起こす。

 自分が生まれたこと、会社を辞めたこと、すべては運命として決まっていたことのような気がするのだ。

 それは、良くも悪くもなく、ただ運命として準備されていたことなのだと。

 そして、朝美にに出会うのも、きっと運命が準備していたこと。

「死ぬ運命かもしれないよ」

 朝美は納得しなかった。


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