神に代わって!
……古今東西、所変われば品変わる。
一風変わった人間達の集まる一風変わった街――ヴァルミスク。これは、その一風変わった街に起こった一風変わったお話。
「暖かな午後の日差し、雲一つ無い蒼穹、子供達の公園ではしゃぐ無邪気な声……ああ、なんて今日という日も美しいのでしょう。このようなお天気の良い日は、精一杯、誠心誠意、神のためにご奉仕したくなります……。……ふわぁ」
「あ、アリア様がお昼寝してる! 枕片手に!」
「アリア様、俺、アリア様が女であることを信じられなくなるくらいすごいあくびを見た気がする。忘れたい」
「忘れるといいと思います。少なくとも神はそう宣いました」
適当な神もいたものである。
数人の子供達がベンチに駆け寄れば、太陽のように明るい笑顔が女性――アリアを取り囲む。ベンチにごろりと横たわっていたアリアは、こほんと、一つ咳払いをするとふんわりとした笑顔を浮かべて居住まいを正す。漆黒の修道服は横になっていたせいで所々に皺が寄っており、フードからは寝癖と言うには長く艶やかすぎる黒髪が垂れている。垂れ目でまつげが長く、優しさがおっとりとした話し方や白い面からにじみ出ていた。
ベンチに姿勢を正して座る姿だけを額に切り取れば、それはそれは清楚で敬虔な宗教者画のできあがりだ。
「ねぇねぇ、アリア様、今日も眠いの? 夜更かし?」
「そんなことはないのです。今日も、昨日も、一昨日もよく寝れましたし」
「少しぐらい眠れない夜があってもいいと思うけど」
男の子が苦笑いする。
「神は宣いました。よく眠れと。それに逆らうわけにはいきません。神は非情なのです。私の意思に反したことを平気でお命じになる……」
「うわぁ! 今ここで思いっきり命令通りに昼寝していた人間の破綻した台詞! すげぇ!」
「あはは、はたんはたんー!」
木漏れ日の中に広がる嬉々とした談笑。
「アリア様はあれだよな、ニートだよな」
「いいえ、ニートではありません。勘違いしてもらっては困ります。このアリア、これでもシスター――」
頬を桜色にぷっくりとふくらませて反論する。
「ご、ごめん、俺……」
「シスターニートです!」
「ニート認めるの!?」
「だ、駄目でしょうか……?」
「ニートは駄目ってお父さんとお母さん言ってたー!」
邪気のない声がアリアの目にはまぶしく映る。
「ううう……最近の子供達はそうやって私をいじめる……。これも神の試練なのでしょうか……ぐすん」
目頭に浮かべた涙を人差し指で拭う。
「あ、あの……アリア様……」
「……? おやおや、どうしたのですか? そのような悲しい顔を浮かべて」
アリアとはしゃぐ子供達の最後方。ひときわ落ち込んだ声が喧噪の隙間を縫ってアリアの耳に届く。
「あの……僕……。僕は今日、アリア様にお別れを言いに来ました……」
その一言を受けた他の子供達が水を打ったように静かになる。公園でいつも一緒に遊んでいたグループ。ずっとずっと続くかと思われた楽しい時間。唐突に打たれてしまう終止符。ぽっかりなどという使い古された擬音語をもってして穿たれるだろう、大きな穴。それを思い、子供達は皆一様に頭を垂れる。下心のない無垢なる同情心が、子供達の心と心を伝播する。
「……どうしたのです? よろしければこのアリアにお話になってはいかがですか?」
アリアの笑顔が、そっと子供達のそばに寄りそう。
悲哀を浮かべたまま、お別れと言った男の子がアリアに手紙を差し出した。
そこには、アリア様へ、と震える字で書かれていた。
◇◆◇◆◇◆
引き金の周囲を覆うレバーを下に引き、元に戻す。
一連の動作は、その鋼にとって呼吸をするに等しかった。一発の銃声が耳をつんざき、一発のショットシェルが上方に排出される。
――吸って、吐く。あるいは、吐いて、吸う。
再装填のアクションが行われる度に、銃は嬉しそうに硬質な歓喜を室内にとどろかせる。間髪入れずに全弾撃ちきって、主が柱の背後に隠れたときには、死体はすでに五体を数えていた。一発一発弾を込める音が、時を刻むメトロノームのようにフロアに響いていく。
「おい、警察を呼べ!」
カウンターの下で頭を押さえてがくがくと震えていた受付嬢を突き飛ばす男。受付嬢は歯をがちがちとかみ合わせながらも、けなげにカウンターから這って出ると、言われたとおりに走り出す。途中、死体の足につまずいて床に顔面をこすりつけながらも、裏口から出て行った。その姿を見送って、男は柱の影に隠れた正体不明の人物に声を荒げる。
「おい、てめぇ! 何モンだ! どこの奴だ!」
「……お腹いっぱいです。……もう、食べれません……」
返答になっていない返答は、柱の後ろから。今時フィクションでも聞かない寝言。男は目を疑うと同時に、奥歯を噛みしめる。得物の弾倉を地面に転がせば、殺された仲間の血液にどぷりと浸かった。
「は、はァ……ッ!? 一体何を言ってやがる……! ああ畜生、最悪だぜ……! 金を巻き上げるだけでオーケーだったはずがよぉッ! どうしてこんなことになるんだ! これならこんなシマ預かるんじゃなかったぜ……!」
奥歯がすり切れるほどに歯ぎしりする。取り巻きだった仲間はすでに全員絶命し、五体不満足に転がっている。強襲されたとはいえ、多勢に無勢のはずだった。その劣勢を目の前の敵はあっさりと跳ね返したのだ。ふざけた手際で。
「……むにゃむにゃ……」
おっとりした声が柱から姿を現わす。
ゆらりゆらりと体を揺らして歩く姿は、まるで水面に映る月のよう。
時刻は深更。
時間相応の、寝静まる子供の口から聞こえてきそうな脳天気なつぶやき。
「……あと、五分……」
ぶつぶつと漏らしながら男に近付いていく。
華奢だが無防備ではない。右手には五人もの命を一瞬にして奪ったショットガンが握られている。左手はそっと銃底に添えられていた。知識としてしか知らない古めかしい短身のショットガン――Winchester M1887――をたずさえた女は疑う余地もなく、姿形から想像するまでもなく修道服姿の……そう、シスターであった。顔面は地面まで届くかと思う長く黒いによって覆われており、うつむいているせいで相貌が判然としない。ただ一つ分かるのは、その垂れ下がった髪の隙間からのぞく半眼。けだるげな、あるいは正気を失った瞳であった。
「このアマ(尼)……!」
男がカウンターから身を乗り出すようにして引き金を絞る。
銃口より放たれた命を奪い取る凶器は、その通り女の命を奪ってみせた。舞い散る黒い流線。流れる風に従って中空を漂うのは黒い長髪だった。風にそよぐ稲穂のようにゆらりと体勢を動かしたかと思えば、地面を蹴り、間をつめにかかる。
続けざまに引き金を引き絞り続ける男。
弾丸は柱を砕き、地面をえぐり、窓ガラスを突き破る。破砕音が連続し、薬莢が地面に転がる。熱せられた薬莢が血溜まりの中に入り込むと、じゅう、という焼ける音の後に、血の焼ける気持ちの悪い匂いを連れてきた。
しかし、その匂いを男が吸い込むことはなかった。
匂いが鼻先をかすめる瞬間に、女が接近したと同時に起こった突風で吹き飛ばされたからだ。男が放った最後の銃弾を軽々と飛び越えた女は、カウンターの上に着地する。獲物を選別するハイエナのように屈み、男の額に銃身の切り詰められたウィンチェスターを突きつける。
「……ソードオフ……ソードオフ……むにゃ」
明瞭ではない声が現実感を引き離す。
台詞はのこぎりで短く切り詰めることを差していた。銃身を切り詰めた銃の形状を差す言葉であったが、この場合、男の脳裏によぎったのは粉々になる自らの頭蓋。
言葉の意味を悟れなかったなら、男の命はここで消えていた。
引かれる引き金が視界に飛び込んできた瞬間、男はとっさに首をひねる。
発砲音。
カウンターの後ろに飾られていた花瓶を粉々にしたばかりか、その勢いもあって水は飛散して男の背中をびしょ濡れにした。至近距離での殺傷力を増大させるため、女の持つウィンチェスターは散弾が発射される銃口付近の絞りを無くしている。
殺しの技としては単純明快、接近して息の根を止める。それもその部位ごと。
男は恐怖を吐きだすように、女の顔面に一撃をたたき込む。並の人間なら骨の一本や骨格の一部は破壊できるほどの威力だ。
しかし、その抵抗も女の顔面を破壊するには及ばず、白魚のような左手によって勢いを殺されていた。
力ですらも及ばない。
その現実を突きつけられ、男の顔面には驚愕の混じった特大の絶望が浮かんだ。女はそんな男にすら何らの興味も抱かずに、右手に持った銃を片手で回転させる。
手慣れたものだ。レバーを下に引いたかと思えば、レバーに指を引っかけたまま、腕一本で手品のように銃を回転させる。
排莢。吐き出されたシェルが男の目の前を舞う。
同時に装填。次に吐き出されるのは鉛の粒。
吸って、吐く。あるいは、吐いて、吸う。
「正しいことをしろ……と、神は宣いました」
「神だと……! どこの神が殺しを容認するよ!」
人が呼吸するように、銃も呼吸する。
命を誕生させる呼吸法もあれば、命を殺す呼吸法もある。
「むにゃ……私の中の……神が……」
「テメェの神かよ! このエセシスターが……!」
薬莢が地面に転がる音を、男が聞くことはなかった。
◇◆◇◆◇◆
雲を書くのを忘れた真っ青なキャンバス。
そんな晴天下の公園には、今日も子供達の声が響く。いつかの暗い顔はそこにはない。いつものグループがいつもの笑顔のままでいつものように楽しくしゃいでいる。アリアは楽しそうな声をBGMに今日も今日とて……。
「あ、ニート様が今日もお昼寝してる!」
「名前ですら呼ばれないことに私は泣きそうです……」
ほんわかした微風のようなアリアの声が途端に沈む。
「前はちゃんと寝てるって言ったのに、また眠いの?」
「ええ、きちんと寝ているんですけれど……。眠りが浅いのでしょうか。……これは、きっと睡眠時無呼吸症候群という病気でしょうね。ええ、そうに違いありません!」
ぎゅっと拳を握り、確信の弁。
「ただの居眠りにもっともらしい言い訳をつけたな……」
「いいわけいいわけー!」
「アリア様さ、シスターなのに言い訳していいわけ?」
「あらら、あらら、シャレですね、可愛い」
口元に手を当て、にっこりと指摘するアリア。大輪の花が咲くような、美しくも見守るような眼差しに、男の子の頬が朱に染まる。
「ばっ……! か、可愛いって何だよ! 俺は男だぞ!」
「かわいいかわいいー!」
「こ、この……っ!」
男の子が女の子を追いかけ回す。
「わー! 逃げろー!」
子供達にとってアリアは玩具のようですらあり、一番身近に存在する大人でもある。そのせいか子供達の馬鹿にしたような言葉の中にも親しみが含まれる。ゆったりとした午後の日常が、アリアにとっては何よりも心地よい。
一陣の爽やかな風が、木漏れ日を動かし、アリアの瞳にまぶしさを感じさせる。
「おや、アリア様。本日もお日柄良く……おっと、枕にはさまっていたものが風で落ちましたよ」
近所に住むおじいさんに声をかけられる。
「あらあら、ありがとうございます」
「いえ、お気になさらず。ところでこれは何でしょう? 紙、もしくは手紙のようですが……」
アリアはおじいさんから紙を受け取ると、そっと枕の中に滑りこませる。
枕の中には同様に様々な紙がぎっしりと入っていた。
「ふふふ、内緒です。これはおまじないであり……私のカミですから」
人差し指を唇に当て、アリアは意地悪そうに微笑んだ。
毎々お世話になっております。NAOと申します。独自のツールを使ってキャラメイクした結果に出来上がったキャラクターを使った短編です。今回の要素は髪型「ストレートロング」服装「シスター服」性格「狂気」ビジュアル「刃物」シチュエーション「寝ぼける」です。今後も同じようにしてキャラクターメイクしてトレーニング用の短編を不定期に書いていく予定です。評価・感想はもれなく作者の栄養になります。