8話
この物語はフィクションです。登場する人物・団体とは関係ありません。
8話
空港のロビーは、人の声とアナウンスであふれていた。
手続きを終えて、お父さんの隣を歩いているとふと、見覚えのある姿が目に入った。
「……あ」
同じタイミングで、向こうもこちらを見た。あかりが静かに手を振った。あかりはマスクをして帽子を深く被っていたがすぐに誰だかわかった。僕も静かに手を振り返した。
「よう」
龍が少し遅れて、片手を上げる。
「また会ったね」
莉菜も、小さく笑った。偶然にも皆同じ時間のフライトだった。不思議と驚きより先に、嬉しさが込み上げてくる。
気づけば、それぞれの後ろには家族の姿があった。
「あれが友達か?」
お父さんが小さく聞く。少しだけ考えてから、僕は答えた。
「……そうだよ」
その言葉は、思っていたよりも自然に出てきた。お父さんはにこりと笑い、そこからなにも話しかけてこなかった。
「あかり、その子たちは?」
少し離れたところで、あかりのお母さんが聞く。あかりは一瞬だけこっちを見て、笑った。
「んー……大事な人たち!」
少し考えてあかりはそう言った。照れくさそうに笑いながら。
「莉菜、知り合い?」
「友達だよ」
前より少しだけ、はっきりした声だった。
「龍、お友達ができたの?」
「……まあ」
龍は少しだけ間を置いて「そんな感じ」とだけ答えた。でも、その言い方は、前より少しだけ柔らかかった。
アナウンスが流れる。搭乗の時間が近づいていた。
「……じゃあ」
誰かが言う。ちゃんとした別れの言葉じゃないのに、それで十分だった。
「またね」
あかりが笑う。
「……うん」
「また」
莉菜が小さく頷く。龍は少しだけ目を逸らして黙っているだけだった。
それぞれ、違う方向へ歩き出す。ふと、同じタイミングで振り返った。一瞬だけ目が合って、誰ともなく、少しだけ笑う。今度は、ちゃんと分かっている。これは“終わり”じゃない。僕たちは、それぞれの飛行機に乗った。違う場所へ向かう。違う日常に戻る。でも、どこかで、ちゃんと繋がっている気がした。
飛行機が滑走路を走り出す。体が少しだけシートに押しつけられる。窓の外で、景色がゆっくりと離れていった。
「……ねえ、お父さん」
お父さんが顔を上げる。
「どうした?」
少しだけ迷ってから、僕は言った。
「僕さ」
一度、言葉を飲み込む。でも、逃げたくなかった。
「ちゃんと、将来のこと、自分で決めてみたい」
お父さんは、少しだけ驚いた顔をした。それから、ゆっくりと頷く。
「そうか」
それだけだった。でも、その一言で、十分だった。
飛行機は空へと浮かび上がる。街が、小さく遠ざかっていく。僕は窓の外を見ながら、思った。あの浜辺で出会った三人。あかりも、莉菜も、龍も、きっと今、それぞれの場所で、少しだけ前に進もうとしている。全部が変わったわけじゃない。不安も、迷いも、まだ消えていない。それでもあの時間があったから、僕は少しだけ違う選択ができる気がした。
雲の上は、どこまでも白くて、静かだった。
「良い旅になったな」
お父さんは僕の方に手を置いてにこりと笑い、そう言った。
「……うん」
僕は小さく頷いた。




