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  作者: Conejo
4/8

4話

この物語はフィクションです。登場する人物・団体とは関係ありません。

 朝、鏡の前で口角を上げる。

「よし」

そう言ってから家を出る。それが、いつの間にか日課になっていた。

 高校二年生の私。教室では”ちゃんと”笑っている。

「それな〜!」

「わかる〜!」

自然に言える。みんなの輪の中にいる。嫌われているわけじゃない。むしろ、明るい子だと思われているはずだ。

 家に帰ると全部が崩れる。制服のまま、ベッドに倒れ込む。枕に顔を埋める。声を殺して泣く。誰にも聞こえないように。理由はうまく言葉にできない。というより、わからない。ただ、毎日少しずつ何かが削れていく感じがする。テスト。進路。友達関係。どれも、少しずつ重い。

 「大丈夫?」と聞かれれば反射で「大丈夫」と答える。それが、もう癖だった。

 崩れたのは、放課後の教室。夕日が机を赤く染めている。

「最近さ、ちょっと無理してない?」

親友から突然言われた。図星だった。

「してないよ」

いつもなら、そのまま笑って終わる。でも、今日は続かなかった。

親友が心配そうにこちらを見る。

「どうしたの?」

涙が落ちた。ぽた、ぽた、と机に染みていく。

「ごめん、なんでもない」

「なんでもなくないでしょ」

その一言で、何かが切れた。

 毎日辛いこと。朝が怖いこと。家で泣いていること。言葉にすると、情けなくて、でも止まらなかった。親友は最後まで黙って聞いた。

「……なんで言ってくれなかったの?」

「心配かけたくなかった」

「もうかけられてる」

強い声だった。でも、目は優しかった。

「親に言ってみよう」

「無理」

即答だった。

「余計に迷惑かける」

「迷惑じゃないでしょ」

親友は真剣だった。

「私だって今、めちゃくちゃ心配してる。でもそれ、迷惑じゃない」

その言葉が胸に刺さった。心配=負担だと思い込んでいた。

 数日後。リビングで両親と向き合う。声が震えていた。毎日泣いていること。理由がはっきりしない不安。笑うのに疲れたこと。言い終わったあと、誰もすぐには何も言わなかった。怒られると思っていた。でも母は目を赤くして、私の手を握った。

「気づけなくてごめんね」

父も低い声で言った。

「一回、ちょっと離れようか」

「離れる?」

顔を上げる。

「学校とか、日常とか。気分転換」

 母がスマホを手に取る。

「どこか行きたいところある?」

 急にそんなことを言われて、戸惑った。行きたい場所なんて、最近考えたこともなかった。

「大袈裟だよ。そんな旅行とかいいのに」

「お母さんは少し遠くに行って気分転換するのが今のあなたに1番あってると思うんだけど。学校のことも何も考えずにただ遊びに行くだけ。ね?」

 仕事で人の話を聞いている母は、こういうときだけやけに落ち着いている。私はお母さんを信じて小さく頷き、こう言った。

「……海、行きたい」

「そうだな。せっかくなら、思いきって遠く行くか」

 お父さんが検索画面を見せる。

 エメラルド色の海。真っ白なビーチ。

「こことかどうだ?」

 画面に表示された地名を見て、胸が少しだけ高鳴る。

「……石垣島?」

沖縄の南。写真の中の海は、見たことないくらい青い。

「飛行機乗って、のんびりして、何もしない旅」

 母が言う。

「どう?」

父がカレンダーを開く。

「来週の連休、空いてるな」

 その光景をぼんやり見ながら、胸の奥に、ほんの少し風が通った。

 全部が解決するわけじゃない。学校が急に楽しくなる保証もない。でも、今ここから少し離れてもいいって、許された気がした。

「じゃあ、予約しちゃおうか」

お母さんは笑いながらそう言った。優しい声だった。

「よし、旅行に行こう」

お父さんも優しい目をしていた。その言葉が、静かに部屋に落ちた。

 私はまだ少し不安で、でも確かに前より軽い心で頷いた。青い海を、思い浮かべながら。

「よし」

もう一度だけ、呟いた。今度は、鏡の前じゃなくて、布団の中で。

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