1話
この物語はフィクションです。登場する人物・団体とは関係ありません。
1話
「あの子は絶対医者になれる」
この言葉を僕は、もう人生で何回聞いてきたんだろう。僕は、学年一位の優等生だ。それくらいは分かってる。友達にも親にも絶対なれると言われ続けてきた。この言葉があんなに毒になる日が来るなんて思ってもいなかった。
ある日、僕は学校で将来の夢についての作文を書く授業があった。みんな、どんなことを書くんだろうという気持ちと自分は何を書くべきだろうという複雑な気持ちが混ざって頭の中をぐるぐるしていた。『僕の将来の夢は……』そこで、僕は手が止まって書けなくなってしまった。どうしても今まで言われてきた言葉たちが頭をよぎったからだ。そんなことを考えていると先生が見回りに来た。
「ん?どうした?お前はもう最後の方まで書いてると思ってたよ」
「先生、僕の将来の夢って何だと思いますか」
「そりゃあ、お医者さんだろ。」
だろうな。そう言うと思ってたわ。
「そうですよね」
「今日中に終わらなかったら宿題にするぞー」
「はい……」
結局、僕は作文に将来の夢は医者です。と、はっきり書いてしまった。これで良かったのかと、家に帰ってから部屋でまた何回も考えてしまった。来年は高三、受験生か…。僕、どうなっちゃうんだろう。僕はこのまま勉強して、自分の意思で動かずに大学に行ってしまうのだろうか。明日が来るのが、ただ怖かった。
「ういー。おはよー!」
小学校の時から仲のいい友達。いつも朝必ず挨拶してくれる、いい親友だ。
「おはよう」
「うん?お前今日なんか元気なくね?」
「え?そう?」
少しドキッとした。友達に心配をかけるわけにはいかない。僕は寝不足だからと誤魔化した。自分でも元気がないのはわかっていた。でも、元気ないと言われたとき、認めたくない僕がいた。
「てかさー。志望校決めたー?」
「え?」
「お前はもう東大とかそのへんでしょ」
「いやー、そこまで頭良くないよ」
「いや、絶対行けるって!!」
まただよ。“絶対“。みんな本当に好きなんだから。その言葉。僕に言葉をかける人は本当にみんな無責任だ。その人の感情なんて一切気にせずに好きなように言って、いいこと言ったように結局自分が満足している。僕は気がつくとそういう人が大嫌いになっていた。
「ただいま」
今日もお父さんはいないのか。僕のお父さんはこの辺でとても有名な医者だ。だから、家にはたまにしか帰ってこない。
「今日面談行ってきたよ」
「そうなんだ」
「将来の夢の作文書いたんだって?よく書けてたって」
「そっか」
「成績も相変わらずトップらしいわよ」
「まあ、僕だからね」
「流石だわ。自慢の息子ね」
「大袈裟だよ」
「だって、将来はお医者さんになるのよ。自慢の息子よ」
「……もし、なれなかったら?」
「え?」
「ああ、いや、なんでもないや。宿題してくるね」
僕は部屋に走っていった。僕、なんであんなこと言ったんだろう。何度も考えたけど分からなかった。
「うっ…」
なんだ?急にめまいがきた。
「疲れてるのかな…今日は早く寝よ」
昨日は結局、勉強してて全然寝れなかった……。授業中寝ちゃおうかな。でも、そんなことしたら成績下がるか。
「…ーい?」
今日は、ずっと頭に霧がかかったみたいだ。テストも、なぜか自信が持てない。夜、勉強していたとき、何を考えていたんだろう。思い出そうとしても、うまく思い出せない。
……ちゃんと寝ていれば、違ったのかな。
「おーい!!!」
「うわ!びっくりした!」
「大丈夫か?お前?」
「大丈夫だよ。ちょっと疲れてるだけだって」
「お前…くまやばいぞ?本当に大丈夫か…?」
「だから、大丈夫だって」
「そうか…。なんかあるなら言えよ?」
「……ありがとうね」
言えるわけないでしょ。言ったところで何も起きないんだから。
学校で、小テストが返された。そして、衝撃的なことが起きた。僕が初めて満点じゃなかった。
「お前が満点じゃないとは珍しいな」
「あいつが満点取れないってことはもう超むずいってことじゃん!」
「はいはい。全員静かに!席に戻りなさい!」
なんでだ。テスト自体は難しくないはず。なのに、簡単なところばかり落としてる。勉強はした。おかしい。その日の帰り道、僕は心がずっとざわついていた。
家に帰ってから、すぐにテストを見返した。どんなに見返しても自分がなんでここで落としたのか分からなかった。今日は授業も頭に入ってこなかった気がする。僕、どうしちゃったんだろう。しばらくそんなことを考えていると、ふとこの言葉を思い出してしまった。
「あの子は絶対医者になれる」
思い出しただけで息がしづらくなって、その言葉が頭から離れなくなってしまった。僕はその現実から逃げたくて、理解したくなくて、その言葉を気にしないようにしていた。一体、僕は誰のために勉強しているのか。僕は何を目指しているのか。何もかもが分からなくなって僕はベッドに飛び込んだ。時間は矢のように過ぎていくだけだった。
いつも通り部屋で勉強していたある日の夜、玄関の扉が開いた音がした。時刻は23時。こんな時間に誰だろう。そう思いながらも薄々気づいていた。扉を開けたのはお父さんだ。お父さんはそのまま僕の部屋に入ってきた。
「やっぱりな」
「どうしたの。急に帰ってきて」
僕がそう聞くと、お父さんはベッドに座ってこう言った。
「最近、どうなんだ。勉強は」
「変わらずだよ」
僕は机に向かって言葉を発した。
「ほんとか?」
お父さんの声は落ち着いていた。
「ごめん、僕勉強しないと…」
「こっちを見て」
家に帰ってくると必ず言う言葉。お父さんは超有名な医者だ。僕の顔を見たらすぐに僕の体調を見分ける。僕はそれが嫌でいつも見ないようにしていた。でも今日は見せたいという気持ちが少しあった。僕はお父さんの方を見た。
「最近、寝てるのか」
「……もちろんだよ」
「嘘だな」
「はは、流石だね」
「食事は」
「とってる」
「体調、悪いのか」
僕は本当のことを話すことにした。
お父さんはにこりと笑い、こちらを見てこう言った。
「よく頑張ったな」
「お父さん、なんで急に帰ってきたの?」
いつも、帰る時は必ず連絡がある。なのに今回は連絡なしに突然帰ってきた。なにか急用なのか。僕はそれが気になって仕方がなかった。
僕の言葉にお父さんは少し黙って何かを考えた顔をした。そしてこう言った。「旅行に行こう」
「旅行?」
「お父さん実はこの前、お前が友達と会話しているところを見たんだよ」
「え?」
「どうせ勉強ばかりで寝れてないんだろ?」
「まあ、そんな感じ」
「お母さんには俺から言っておくから」
「2人で行くの?学校は……?」
「そうだ。お前は、少し、頑張り過ぎている気がしてね。たまには息抜きも必要だろ?毎日頑張ってきたんだ。学校は少し休もう。お父さんを信じて。大丈夫だから」
お父さんの声は優しかった。
「仕事も少し長めに休暇をもらったから」
「僕のために……?」
お父さんは僕の肩に手を置いてにこっと笑った。
「今日はもう遅いから寝なさい」
23時半か。久々にこんなに早く寝るな。僕はお父さんにそのことは言わないでおいた。お父さんはそのまま僕の部屋を出ていった。
その日、僕は久々に何も考えずにすぐ眠りにつけた。




