第五話 肝っ玉母ちゃんの国
最終話です。
若侍の正体が明かされたのは、村に王の使者が来た日だった。
馬の数。
旗の色。
鎧の整い方。
隠しようがなかった。
「若殿……!」
使者が膝をつく。
その瞬間、村の空気が変わった。
子どもが怯え、年寄りが身を寄せる。
私は、一歩前に出た。
「ここは、子どもを守る村」
若殿は、ゆっくりと私の隣に立った。
「違う」
彼は言った。
「ここは、俺が守る国だ」
使者が顔を上げた。
「若殿、ここは国境外れ。
軍を集める価値は――」
「価値は、俺が決める」
声は震えていなかった。
この人は、もう逃げない。
⸻
王の城で、会議が開かれた。
私は場違いだった。
着物も、言葉も。
だが、誰も私を追い出せなかった。
理由は単純だ。
子どもたちが、私の後ろにいたから。
「この娘が、村を守った女か」
重臣の一人が言った。
「ただの百姓女だろう」
私は黙っていた。
口で勝つ必要はない。
若殿が言った。
「この国で、
最も多くの命を守った者だ」
ざわめき。
「だが、隣国は軍事国家だ」
「子どもを兵として育て、数で押す」
「こちらが情を持てば、負ける」
私は、初めて口を開いた。
「情じゃない」
皆がこちらを見る。
「計算」
私は言った。
「子どもを道具にする国は、
必ず子どもを失う」
重臣が嗤った。
「綺麗事だ」
私は、母の布を取り出した。
敵国の言葉が縫い込まれた布。
「母は、隣国の女でした」
空気が凍った。
「それでも、
この国の子どもを守って死んだ」
誰も、言葉を出せなかった。
「子どもを道具にする国は、
母を殺した」
「子どもを守る国は、
母を生かした」
私は、若殿を見る。
「あなたは、どちらの国を作る」
若殿は、迷わなかった。
「守る国だ」
⸻
隣国との戦は、長くは続かなかった。
剣ではなく、道で。
数ではなく、流れで。
子どもを兵にした国は、
補給を計算できない。
泣く子を止めるために、
力を使いすぎる。
若殿は、有能だった。
だが、殺さない。
逃げ道を作り、
戻る場所を奪わない。
「なぜだ!」
敵将が叫んだ。
「なぜ、子どもを返す!」
若殿は答えた。
「道具は壊れる」
「人は、帰る」
それが、勝ち方だった。
⸻
戦が終わった日、
私は、母の墓の前に立った。
「母ちゃん」
風が吹く。
「あなたの国、
広くなったよ」
母は、答えない。
でも、子どもたちの声がした。
笑い声。
喧嘩。
泣き声。
全部、生きている音だ。
若殿が、隣に立つ。
「……俺は、肝が小さい」
「知ってる」
「でも、逃げない」
「それでいい」
彼は、私を見る。
「あなたは、強い」
私は首を振った。
「母が強かった」
「なら」
彼は、静かに言った。
「あなたは、国母だ」
私は、しばらく黙った。
そして、頷いた。
「条件がある」
「何だ」
「子どもを、数えない」
「……?」
「兵数でも、労働力でも」
彼は、笑った。
「誓う」
⸻
その国では、
子どもは、宝でも資源でもなかった。
ただ、未来だった。
人は言う。
「肝っ玉母ちゃんの国だ」と。
私は、否定しない。
母は、敵国の女だった。
それでも、国を作った。
私も、同じだ。
血でも、旗でもない。
守ると決めた場所が、国になる。
それが、
肝っ玉母ちゃんの国だった。
いや、父母の愛は、ことさら母の愛は、その辺の恋やらその辺の男女の愛やらよりも巨大で深くて、とびきりに恐ろしいのです。




