第一話 母は、最後まで笑っていた
5分の1話です。
私の母は、声が大きい女だった。
「泣くな! 泣く暇があったら生きろ!」
それが口癖だった。
戦で村が焼けた日も、同じだった。
火は、音を立てて広がる。
屋根が落ち、家畜が叫び、人が走る。
逃げ遅れた子どもが泣き、年寄りが転ぶ。
その真ん中で、母は腕まくりをしていた。
「お前ら、こっちだ!
子どもが先! 荷物は捨てろ!
生きてりゃ、あとで何とでもなる!」
私は、その背中を見ていた。
母は大きかった。
実際の体は痩せているのに、不思議と誰よりも大きく見えた。
母は、私の手を一度も引かなかった。
引かなくても、私はついて行った。
ついて行かなければ、死ぬと分かっていたから。
野盗が来たのは、日が落ちてからだった。
「隠れろ」
母は短く言った。
私は、母の言うことだけは聞いた。
藁の下。
土の匂い。
暗闇。
外では、怒鳴り声と笑い声が混じっていた。
「女がいるぞ」
「年寄りは殺せ」
「火をつけろ」
母の声がした。
「子どもはいないよ。
ここには、役立たずの婆さんしかいない」
声が、やけに明るかった。
殴られる音。
倒れる音。
私は歯を食いしばった。
泣くな。
泣いたら、見つかる。
母の言葉が、頭の中で繰り返された。
最後に聞こえたのは、母の声だった。
「……大丈夫だよ」
誰に向けた言葉だったのか、今でも分からない。
私か。
自分か。
それとも、この国か。
朝になった。
野盗はいなかった。
村も、なかった。
焼け跡の中で、母は倒れていた。
血だらけで、動かない。
それでも――
母は、笑っていた。
「……母ちゃん」
声が出た。
生きていると思った。
そう思いたかった。
母の手は冷たかった。
でも、その手は、握ったままだった。
何かを。
私は、その手をほどいた。
中にあったのは、古い布だった。
見慣れない柄。
この村のものじゃない。
布の端に、小さな刺繍があった。
文字だった。
――敵国の言葉。
私は、その意味を知っていた。
母が、夜に教えてくれたからだ。
「これはね、昔の言葉だよ。
役に立たないけど、覚えておきな」
役に立たない、と母は言った。
でも、その言葉は、確かにここにあった。
母は、この国の女じゃなかった。
それでも、母は言っていた。
「国なんて、後から決めりゃいい。
子どもが笑える場所が、国だよ」
私は、母の顔を見た。
笑っている。
最後まで、肝っ玉だった。
その日から、私は泣かなかった。
泣く暇があったら、生きた。
母がそうしたように。
生き残った子どもを集め、
年寄りの世話をし、
食べ物を分けた。
誰も私に頼んでいない。
でも、誰かがやらなければ、母の死が無駄になる。
夜、私は母の布を握りしめた。
敵国の女。
この国で殺された母。
それでも母は、最後までこの国の子どもを守った。
「……母ちゃん」
私は小さく言った。
「私、同じことをする」
復讐じゃない。
憎しみでもない。
ただ、母が命を賭けたものを、
私が続けるだけだ。
火に焼かれた村の跡で、
私は、国を継いだ。
それは、地図にない国。
名前もない国。
ただ――
子どもを守るためだけに存在する国だった。
今回は、家族と、子供と、恋愛と。




