S-98 「最も殺すべきクソ野郎だ」
バイレスリーヴ領南/隠れ山/クルーア廃坑外/鉱山入口付近【視点:世界(観測者)】
「…『どこ?…どこ?』って…あのドラゴンの意思の残滓が叫んでる」
ドラゴンの意思の残滓を読み取ったライカンスロープに化けたイル。その叫びは、かつての主を探し続けるかのような、ドラゴンの悲痛な叫びだった。
そのドラゴンが、目の前の邪魔者に向かって吐き出した黒い煙を、イルはその危険性を察知し、咄嗟に躱した。その煙は、廃坑の入り口にぶつかり、谷に充満しつつ薄れていく。
「大丈夫か?!」
回避した先で、上空の吸血種、ヴェルメリオに憎悪の視線を投げかけるルガルフが声をかけてきた。
イルは、彼が纏うヴェルメリオに対する強い憎悪が、他の黒い監視団の皆よりも、圧倒的に濃い色で、複雑に発現していることを感じた。
「ルガルフ、あいつは?」
と、イル。
「俺が最も殺すべきクソ野郎だ」
とルガルフが吐き捨て、赤黒い色彩を強めた。
イルはルトに意識を向ける。
「良いんじゃないですか。少しは暴れても」
「だよね…アイツは生態系に影響なさそうだし」
私は陸に上がるうえで、無暗に命を奪わないことをルトと約束している(ルトが守ろうとしてないけど)。
「それに僕、なんだか…不思議なんですけど。今、絶好調な感じがするんです」
ルトは何時になく上機嫌だ。彼がそう感じるのは、恐らく死者を呼び覚ますカンテラの良い影響を受けているからだろう。
「久しぶりにやっちゃおっか!」
イルは狼の姿から、徐々に身体の色、形が、透き通るような、くすんだような、輝くような何とも言えない青い艷やかな体色の、彼女本来の姿に変化した。
「慣れない形は肌が凝るなぁ」
イルは、肌の凝りを取るように、身体を手で撫で、準備を整える。
「なんだぁ?アイツ⋯」
ヴェルメリオは、ライカンスロープに見えていたものが、見慣れない何かに変化した事で、僅かに動揺の色を歪ませた。
「ルガルフ、私とやろ」
イルはルガルフに、そう語りかけると、自身の唇を開いて指を当て、更に口の奥に指を突っ込んで、身体の中から刀身が黒錆に覆われた剣を抜き出し、構えた。
その剣は夜の闇に紛れる程の漆黒で、彼女のヌメリ気のある体液が付着していなければ、ほぼ見えないだろう。
「⋯応」
ルガルフはその様子に何処か扇情的な感情を覚えつつも、頭を切り替える。そして、圧倒的愉悦感に浸りながら上空に浮遊し、自分達を見下ろすヴェルメリオを睨んだ。
「犬っころの一匹は偽物だったのか?まぁいい。まとめて殺すだけだからな!!」
ヴェルメリオは三本の矢を番え、上空に放った。その矢は何十本もの矢に分裂し、イルとルガルフに向かって降り注ぐ。
イルは、尾を関節部分でバラバラに分離させてヴェルメリオに向かって放つ。
分離された尾は、それぞれが自立して不規則に動き、ヴェルメリオを取り囲むと、薄雲が晴れた月明かりに輝くような、水流の糸を放っていく。
「俺の矢を撃ち落とした正体はコイツか?!」
ヴェルメリオは、その尾を撃ち落とそうと矢を放つも、予測不能かつ宙を高速かつ自在に動くそれを狙うのは彼であっても至難の業。
「痛ッ!」
初撃を右大腿部に受け、その攻撃の危険性を察知して、慌てて回避行動に出る。
ヴェルメリオは蝙蝠群体と化し、離散と集合を繰り返しながら、ドラゴンから離れ、徐々に谷の上へと追いやられていく。
「うぜぇ!なんだこれ!」
その間、ルトがイルの魔力を使い、ルガルフの身体能力を向上させる魔法を重ね掛けする。
イルはルガルフと視線を交わし、イルが先行。
柔軟性が極めて高い身体で、地を這うように走り抜け、ヴェルメリオと距離を詰める。
ヴェルメリオは水流の糸を躱しながらも、空中に矢を停滞させつつ、雨の矢や連撃の矢を交えながら、必殺の機会を窺っていた。
しかし、イルの全方位からの自律攻撃に耐えかねたヴェルメリオは、攻撃範囲を狭める為、仕方なく地上へ降り立つ。
「うっぜぇ!死ねっ!」
イルの接近を警戒していた彼は、停滞させていた矢を放ちつつ、爆発する矢でその進行を止めようとする。
イルは尾の一部をその矢の迎撃に回し、真っ直ぐにヴェルメリオへ向かう。ルガルフも、彼女と息を合わせるかのように並行して動き、ヴェルメリオと距離を詰めた。
「ドラゴン!!」
ヴェルメリオが叫ぶと、谷底でディナリエルらと対峙していた腐敗ドラゴンが、谷の上を見上げ、イル達に向かって黒い煙を吐き出した。
それに気づいたディナリエルがドラゴンの脚を緑沃魔法の蔦で絡め、ヨークスがドラゴンの顔面に全力投石を見舞わせた。
一方、イルはドラゴンの黒煙を跳躍で躱しながら、ヴェルメリオの上空を倒立で飛び越え…右手の四本の指から水流の糸を地上に向けて放った。
ヴェルメリオはドラゴンの黒煙に巻き込まれないよう、水流の糸を咄嗟に躱す。しかし、躱した先にルガルフの牙が襲い掛かった。
「あぶねっ!」
ヴェルメリオは蝙蝠群体に姿を変え、緊急回避。
その群れを、イルの分裂した尾が追尾し撃ち落としを図るも、ヴェルメリオの停滞の矢の掃射により阻まれる。
イルは、着地の際、地面に長剣を突き刺す。
彼女は、両腕で柄を握る。剣は錨の役割を果たしつつ、その刀身をイルの重みで湾曲させ、一気に反発した。イルは、その反動を利用して剣を抜きつつ、ヴェルメリオの蝙蝠群体に向かって飛び掛かり、黒錆に覆われた剣を蝙蝠群体に向かって振り抜いた。
ビッシッ!
その剣の刀身は、一体の蝙蝠群体に当たり、一瞬青い光を放つ。
剣が当たった蝙蝠は、切れるのではなく、黒く炭化し、粉のようにボロボロに崩れた。
ヴェルメリオは蝙蝠を集合させ人型に戻る。
「ぐぁぁぁっ!なんだそれ!!」
彼の肩のあたりが、黒く炭化し、崩壊している。
蝙蝠を崩壊させたイルの刀身の一部の黒錆は、微かに亀裂が入り、錆の内側の青い剣身がかすかに覗くも、すぐに赤い錆で覆い尽くされ、黒に変色、修復されていく。
「さぁ。何だろうね」
ヴェルメリオは腕を庇いながら、弓を構えた。
「ルト、あの矢、なんとかして」
イルの中でヴェルメリオの動きを観察していたルトは、彼女の肩から現れた。




