S-97 「失敗した。私の半生に渡る計画は」
バイレスリーヴ領南/隠れ山/クルーア廃坑外/入り口付近【視点:世界(観測者)】
その紫の煙に先んじて廃坑の入口から飛び出してきた2人の人影。
一人は百影将軍のゲアラハ、そしてもう一人がライカンスロープ(仮)だ。
「あっぶな!もう少しで煙に触れて死ぬところだったじゃん!」
とライカンスロープ(仮)
「はぁ…はぁ…それは私のセリフだ!」
肩で息を切らすゲアラハ。将軍の威厳などあったものではない。
2人は、ルトが放った魔疫魔法《死の雲》から逃れるため、迷路化した廃坑内を逃げ回り、ついには一蓮托生となって逃げ伸び、ようやくの思いで廃坑から脱出したのだった。
その2人に、一息つく間など存在しない。
目の前に広がる光景に、ゲアラハはすぐに我に返り、ライカンスロープ(仮)と距離をとる。
「何これ?」
ライカンスロープ(仮)は、呆然と立ち尽くし、腐臭漂う巨大なドラゴンと、地上にあふれる亡者たち、そして上空で停滞する複数の矢、その中心に位置する一人の男を見上げた。
「こういう形での蘇生は…美しくありませんね。それに…同じ亡者として、知性を感じないのはかなしいことです」
ライカンスロープ(仮)の肩から顔を出した幽霊少年が、ぼそぼそとつぶやいた。
「あれ?ゲアラハか?で…その隣…同じ犬っころじゃね?双子か?」
ヴェルメリオは、その目を凝らし、首を傾げた。
「まぁいい…初見殺しって知ってるか?」
彼の周りに停滞する矢の魔力が増大し、そのライカンスロープ(仮)めがけて、停滞する矢を一斉に放った。
その矢は、加速度的に早くなり、ライカンスロープ(仮)めがけて超速度で飛来する。しかし、それらの矢が、標的に到達する事は無く、次々と何かに打ち落とされていく。
「なん…だと?」
ヴェルメリオの笑いが消え、再度同様に複数の停滞の矢を標的に放った。
しかし、それらも同様に何かに打ち落とされ、到達することは無かった。
「何が起きている!?おい、ドラゴン!あいつを狙え!」
ヴェルメリオは若干の焦りをにじませ、腐乱したドラゴンに、ライカンスロープ(仮)を攻撃するよう指示をした。
「ヴヴォォォォォォオ…」
ドラゴンは、大きく口を開けて、口内を光らせ、死を蔓延させる黒い煙を勢いよく吐き出した。
その煙は、ライカンスロープ(仮)に襲い掛かる。
「イル!その煙に触れるな!」
ディナリエルの呼びかけに、ライカンスロープ(イル)は即座に反応し、低い姿勢で滑るようにその攻撃を回避した。
隠れ山の谷間の地形に黒い煙の残り香が充満していく。
ディナリエルの鼻腔に腐った卵のような不快な匂いが張り付いた。
「これは…。やってみるか」
ディナリエルはヨークスに投石を命じる。腐乱ドラゴンはヨークスの破壊的な投石を顔面に受け、顔の一部を崩されながら、ディナリエルとヨークスらの方を向き直った。
■ ■ ■
バイレスリーヴ領南/隠れ山/クルーア廃坑外/鉱山入口付近【視点:百影将軍ゲアラハ】
私とともに歩んできた、四番隊の皆の姿はそこになく、彼らは皆、変わり果てた姿となり戦場を彷徨っていた。
(いったい…なんだというのだ…)
私は愕然とし、全身の力が抜けて行く気がした。
百影四番隊、私の真の同胞たち。
共に苦しみ、共に喜びを分かち合い、共に現皇帝、ソラスとその血族への復讐を誓った同郷の仲間達は、年老いた私を置いて、皆等しく先に逝ってしまった。
今から30年前…
ゼーデン帝国領、《ベルダイン》。私が生まれ育った故郷。私の血族、《ダラスドゥ家》が治める領地。
ダラスドゥ家は、かつてゼーデン帝国の皇帝を輩出しており、現皇帝の《ファラン家》、《グレングラン家》、《ドルモア家》、《バルブレア家》と並ぶ、由緒正しい家系だった。
しかし、先代皇帝が後継者を指名せず病死した事に端を発し、長く皇帝を輩出してこず、没落傾向にあったファラン家が、ソラスを筆頭に次期皇帝の座を得るために、最も有力であった私の父を殺害。
その息子達も次々に手にかけて行った末に、現在の皇帝の地位に就いたのだ。
私はダラスドゥ家の政略により、バルブレア家に養子に出されていたことから、難を逃れたものの、故郷の惨劇を知り、ファラン家と、その暗殺を担った執行者への復讐を誓うとともに、密やかに百影に入り込んだ。
その後私は、ダラスドゥ家を慕ってくれるベルダインの同胞らを、身分を偽らせて四番隊に集めて密かに反ソラス勢力を拡大。ソラスの寝首を掻くその時を待ちながら、表向きはソラスに尽くしてきた。
しかし、皮肉なことに、そんな私の働きはソラスに評価され、気付けば、私は歴代最年少で、百影の将軍にまで上り詰めていた。
私は立場的に、ソラスの目に留まることが多くなり、非常に動きづらくなったことで、今後の立ち回りを練り直そうとしていた時だ。ソラス待望の跡継ぎとなる男児が産まれたことで、ある「衝撃の事実」を知ることとなった。
それは、現在の帝国のあり方を揺るがしかねないものであり、私は、もはや何を賭してもそれを阻止すべきだと、焦燥に駆られた。
そして、半ば強引に、ソラスの後継者となりうる息子、ソレルを事故に見せかけ殺害したのだ。
その件でソラスは、息子を殺害した犯人を血眼になって探す。最終的には、私が用意したスケープゴートを処刑したことで、事件の幕引きは図れたものの、事件事態を阻止できなかった百影に対するソラスの信頼は大きく低下した。
この流れが、ソラスが私の家族を暗殺した者と最接近するきっかけとなり、その暗殺者について把握するに至らしめたのだった。
その暗殺者とは、ファラン家の領地と接する隣国、バイレスリーヴのクレイガンに拠点を置く、黒き監視団。
その諜報ギルドの幹部の一人、常闇の影、《ガラルフ》だった。
私はようやく見つけた敵に憎悪を滾らせる一方で、ライカンスロープという、人間にとって圧倒的強者がひしめく集落を標的に復讐を遂行するために、頭を悩ませることとなった。
その頃だ。《血の間》の眷属を名乗るものが私に接触してきたのは。
当初、私は、強い抵抗感を持っていた。しかし、血の間の住人の圧倒的な力は、ライカンスロープにも勝る。ソラスの体制を転覆させるには、十分だと判断した。
そして、入念な準備を行い、クレイガンの襲撃を決行したのだ。
ソラスの暗殺者を殺し、ソラスの体制を転覆させる。
この内の前者は達成した。しかし、後者の達成は果たせそうにない。
何故なら、今、何年もかけて築き上げてきた、百影四番隊と同胞たち、そしてその絆は、完全に消失してしまった。
私の心の奥底に秘めた憎悪は、諦めへと変わりつつある。
例えばここで、ヴェルメリオと共に戦い、勝利を収めたとする。その後の身の振り方は?
私はこの場に、「裏切り者の処分」を名目に出撃している立場だ。私が反目している事を帝国内で知るものはいない筈だ。ならば、何食わぬ顔で戻る事も出来無くはないだろう。
そうしたら、また一から、同志を集めるのか?齢55にもなるこの年で。そんな気力も時間も、私には残されてはいない。それはまったく現実的ではない⋯
かといって、私やヴェルメリオだけで皇帝ソラスを殺害できるかというと、確かに場合によってはできるかも知れないが、その後が続かない。
私の目的はあくまでソラス体制の転覆。
奴には、後継者こそ居ないものの、忌むべき三人の娘達がいる。そして、それを慕う部下たちも。
私一人がどうこうできるものではなく、吸血種の外圧を受けることで、その団結力は余計に強固になるだけだろう。
失敗した。私の半生に渡る計画は、失敗した。
今思えば、吸血種の力を借りたのは、悪魔に魅せられた愚かな行為だったのかもしれない。
クレイガンにおいても、ガラルフと執行者達だけを殺すつもりが、ヴェルメリオの暴走により、全ての村人を殺戮してしまったことで、復讐以上の業を背負う事となった。
今まで、意図的に目を逸らしてきたが、結局、私は自分がされたことを、ただやり返した。それが禍根を残すことだと知りながら。
道を誤った。挽回できない失敗は何処だったのだろうか。
この作戦の計画を立てた時か、吸血種と手を結んだ時か、私が養子に出されることに反対しなかった時か⋯
仲間を失った衝撃を改めて痛感した。私は、もはや、そこまでして生き延びたいとは考えられなかった。ならば…共に戦った仲間達と同じ地で散ろう。
私は赤く染まった朧月を見上げ、静かに意を決した。
「ははは!えらく老けたな、ゲアラハ!誰だか分からなかったぞ!」
上空から、まさに暴威の名が相応しい、制御不能な自尊心の塊が声をかけてきた。
確かに、最後に会ったのはクレイガン以来だ。
「うむ、随分老いてしまったよ」
その言葉は、彼ではなく自分に向けられていた。
「お前以外、全滅だぞ。俺は楽しませてもらうが、お前らの問題なんだから、少しは役立てよ!」
とヴェルメリオ。相変わらずの物言いだ。
「そうだな。全力をだそう」
その言葉を聞いたヴェルメリオは、興味が無さそうな笑みを浮かべ、ドラゴンに命じた。
「ドラゴンよ、あの爺さん以外を殺せ!」
次の瞬間、ドラゴンは不気味な唸り声を上げ、口の奥を青く光らせると、不気味な黒煙を、廃坑を共に駆け抜けてきたライカンスロープめがけて吐き出した。




