S-96 「あの息に触れるな!!」
バイレスリーヴ領南/隠れ山/クルーア廃坑外/入り口付近【視点:世界(観測者)】
「あいつ…ただの吸血種じゃないな…うちのビヴォールにはあんな芸当できない」
ディナリエルは亡者を払いのけながら上空から見下ろすヴェルメリオを憎らしそうに睨んだ。ヴェルメリオは、蝙蝠群体と人型を自在に変化し、物理的な攻撃を全くといっていいほど受け付けない。
「ひゃははは!当たり前だろ、俺様をそこらの半端者と一緒にすんな!」
ヴェルメリオは高らかと笑い、再び魔弓をつがえた。
「俺はな、真の血統、選ばれし者だ!血を分け与えられて力を手にしたゴミどもとはわけが違う!この血肉が力が、それを証明している!雑魚とは違うんだよ!雑魚とは!!」
彼は自信に満ち溢れている。それは、自身が原初の吸血種とその多くの血を分け与えられて吸血種化した《メラハ》の子である事に裏付けられている。というのも、吸血種と吸血種の交配では、その暴発的な力に、胎児が耐え切れず、死産となるはずなのだ。
しかし、彼はその暴発的な吸血種としての力を、胎児ながら抑え込み、メラハより生まれ出た奇跡の子なのだ。
通常ではありえない、彼は原初に次ぐ、吸血種の中の王子といっても過言ではない、実力を、生まれながらにして秘めていた。そして、それは常に積み重なり、年を追うごとにその実力は増しており、原初のソルフですら脅威と感じる程であった。
「見たことがない…圧倒的な魔力…」
魔力をさらに高めたヴェルメリオが纏う魔力の量、質は、ミセイラが見たこともないような膨大かつ研ぎ澄まされたものであった。
ヴェルメリオは、黒き監視団の攻撃が届かないことを良いことに、周りには再び無数の矢を停滞させた。それらは、赤黒い炎を纏ったものや、触れれば爆散するものなど、一撃でも受ければ死に直結するものばかりだ。
「くそが!奴が降りてこなければどうしようもない!」
ルガルフが歯をむき出しにして唸る。
唯一投石により迎撃が可能なヨークスも、攻撃の隙に狙い撃ちされる可能性がある以上、うかつな動きができない。
「あいつ、卑怯!」
とゼクはもどかしさを滲ませる。
「ひゃはっ、複数でリンチしようとしていた奴に卑怯呼ばわりされたくねぇなぁ!!蜥蜴野郎!」
ヴェルメリオは自身の圧倒的優位性に浸りつつ、更に停滞の矢を増やしてく。
「くそっ、あいつは何やってるんだ…」
ノエルはここに居ない彼女の姿を探し、苛立ちを覚えた。
「さぁ、そろそろ飽きてきたな。さっさと全滅させて帰るか」
ヴェルメリオが憎らしくもそう宣言した時。
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
「何っ!?火山が噴火するのか!?」
ノエルは異常な地面の揺れに動揺する。
「いや、違う!谷を登れ!」
ディナリエルは危険を察知し、黒き監視団に向かって叫んだ。
大きな地鳴りとともに、地面が揺れ、盛り上がり、土煙とともに、姿を現したのは腐乱した巨大なドラゴンだった。
「なんてことだ…こんな時に、眠れる死者が目を覚ますなんて」
ディナリエルは、そのドラゴンの異形とまき散らす死の腐臭に、唖然とするほかなかった。
この場所の地名、隠れ山。それは、この山の向こう側に広がる外海のヴュールからこの大陸に住む人々が姿を隠せるように連なった山脈という意味のほかに、1000年程前に《概念の彼方》からヴュールを迎え撃とうと、当時の名のある冒険者によって連れてこられたドラゴンを隠れ済ませた場所という2つの意味を持っている。
そのドラゴンは、その冒険者が老衰により死亡した後、誰にも懐くことなく、野生化して人を襲うようになり、最終的には冒険者らにより滅ぼされることとなった。
しかし、そのドラゴンの魂は、この山に宿り続け、鉱山の発掘で目覚めることとなり、再び死を蔓延させたのだ。
「ヴヴォォォォォォオ…」
500年前に大魔術師ザラストラにより封印されたドラゴンは、解き放たれた喜びを身体で表現するかのように、身体を震わせ、腐肉をまき散らした。そして、目の前の小さな人間たちにようやく気付いたかのように、黒き監視団を睥睨し、大きく口を開いた。
その口の奥が青い不気味な光りを放ち、ディナリエルに向けて黒い煙のようなブレスを勢いよく噴射した。
「くっ!」
ディナリエルは危険を察知し、間一髪で躱した。
「ぐあぁあぉぉぉぉぉ!!」
逃げ遅れ巻き添えとなった黒き監視団の同胞は、シューという音と共にその肌が腐敗するかのように溶け出し、原形を保てなくなり崩れ去る。
「あの息に触れるな!!」
ディナリエルは叫ぶ。
「おぉぉ!これはすげぇ…ゲアラハなんかよりもこっちを連れて帰ろうか」
ヴェルメリオは攻撃をするのも忘れ、腐乱したドラゴンが放ったブレスの効果に見入っている。
この場には、このドラゴンを封印する術を持つ者はいない。であるならば、討伐して消滅させるほかない。だが、ヴェルメリオと亡者たちを相手にしながら、伝説のドラゴンを討伐することなど不可能に近いことは、誰の目にも明らかだった。
その時。
クルーア廃坑の上の地層の斜面から、紫の煙が噴出した。




