S-95 「死ぬなって…無理だよ」★
【警告】今回は敵キャラクターによる、残酷なシーンが含まれます。耐性のない方は閲覧を強く推奨しません。
バイレスリーヴ領南/隠れ山/クルーア廃坑外/入り口付近【視点:常闇の目リリ】
常闇の影、スノゥシャ様の班員としてこの任務に参加した私は、目の前で起こっている全てが、あまりに非現実的で、まるで空想の物語のようにしか感じられなかった。
これほど死を身近に、しかも連続した閃光のように感じ続けると、諦念というか、「召されたら、それまでのこと」という無感覚な感情に襲われる。
現に、私の村からこの作戦に参加した同胞四人のうち、リアムンとダーロクが召された。
私に言わせれば「デヒメル様とスノゥシャ様への信心が足りなかった」、ただ、この一事に尽きる。
アジトの支配者、スノゥシャ様は、正直おっしゃっていることはさっぱりわからないけど、それが神秘的でステキだ。とくにそのお声が心地いい。
他の亜人にありがちな、脆弱な私たち人間を彼女は見下すことは無いばかりか、「汝らは美しい星々」だなんて言ってくれる。
そして今、そんなステキなスノゥシャ様が、全身の力を込めて戦っている。そんな姿を見たのは初めてだった。
その姿は力強く、妖艶で、頼もしい。青白い鱗の肌が、地底から漏れる光を受けて鈍く煌めき、尾がクルーア廃坑の岩肌を叩きつけられる度に鞭の音のような心地の良い音が響く。周囲の血と土の匂いすら、彼女の纏う冷たい香気に押され消えていくようだ。
ゼク様もステキだけど、ミセイラさんがいらっしゃるし…。あぁ、私もあのキレイな鱗に覆いたい。せめて、その冷たい肌に触れたい。
「…クソッ…。リッ!…リリッ!!」
土埃と焦燥にまみれた、村の幼馴染が呼ぶ声。その悲痛な叫びに、一気に現実に引き戻された。
「ガハッ!はぁ…はぁ」
痛みに喉が張り付く。
脇腹の奥から抉られるような痛みが走る。それは、刃物ではなく、内側で何かが破裂したような、悍ましい激痛だった。
「うぐ…オーエン、そんな…酷い顔をして…」
私はその瞬間、自分の置かれた状況と周囲の状況を思い出し、理解した。
「死ぬな!死ぬとゾンビになるぞ!俺は、ゾンビになったお前に刃を向けられん!」
日に焼けた、昨日まで隣の畑で冬小麦を収穫していたオーエンの、土埃と、今にも零れ落ちそうな涙に汚れた顔。その頬は血の気なく青ざめている。
「…死ぬなって…無理だよ…だって私…身体半分が…ないんだもの…」
私の身体の一部は、ヴェルメリオの放った《破裂する矢》により無残に吹き飛んだのだ。下半身があった場所は、生々しい肉塊と、冷たい岩肌に散った鮮血だけが残っていた。
その時、冷たく弾力のある白い鱗を纏ったスノゥシャ様が、地を滑るように私の傍へ来た。彼女は私の身体を包み込み、優しく囁いた。
「おぉ…何ということか。…見よ、リリ。汝の魂は、デヒメルにより星辰の軌道へと還される。その輝きと記憶は、我が内に脈打つ運命の記録として、永劫に途切れることなく瞬くであろう」
そして、その白く、ひんやりした手で、私の頭を慈しむようになでた。
「ありが…スノゥ…ま…あり…と…オー…」
私の意識は、オーエンの叫ぶ声が遠のく中、スノゥシャ様の白い手が目を覆うかのように、静かに白く染まっていった。
■ ■ ■
バイレスリーヴ領南/隠れ山/クルーア廃坑外/入り口付近【視点:常闇の手オーエン】
幼馴染のリリの最期を見届けた。スノゥシャ様の白い鱗と優しい声に包まれ、彼女の意識が遠のくのを、無力な俺はただ見つめることしかできなかった。
その間も、スノゥシャ様は巨躯を動かし、俺に代わって亡者の攻撃を冷徹に払い続け、ヴェルメリオの動きを油断なく警戒してくれる。
リリの骸は、再び亡者として立ち上がって私たちを傷つけることがないよう、ディナリエル様の緑沃魔法により、瞬く間に地面から伸びた植物の根と蔦により地面に埋葬される。
リリとは、幼い頃から同じ村で秘密結社を組んでいた旧知の仲。同じ村から参加した二人の同胞も既に殺されてしまった。
敵は明確。だが、この圧倒的な暴力に対する俺の無力さが嘆かわしい。この戦いで、既に多くの同胞が命を落としている。
この戦いは、間違いなく組織の歴史に残るものになる。そして、今日死した同胞の名はデヒメル様の石像に刻まれ、永遠に語り継がれるだろう。
俺は…せめて、リリの隣に名を刻まれたい。せめて一矢報いなければ、彼女の死が無意味になる。
(デヒメル様…弱く哀れなこの俺に…せめて、一瞬の、力を!)
「うぉおおぉぁぁぁ!!」
地を蹴り、リリの手から受け継いだ、彼女が愛用していた片手剣を握りしめる。亡者の群れをくぐり抜け、狂奔の勢いでヴェルメリオに到達する。
不思議な感覚だ。加護が得られたからか、覚悟を決めたからか、理由は定かではないが、夜中にも関わらず周囲の情景が昼間のように視界が鮮明になり、冷たい月光が亡者やヴェルメリオの放った矢の動きを手に取るように照らし出す。
敵の呼吸、その一瞬の隙ですらも、鮮明に。
ザンッ!!
確かな手応えがあった。俺の剣は奴に一撃浴びせた…筈だった。
しかし、奴の身体は確かに左の肩口から下腹部にかけて深く切られたにも関わらず、瞬時に蝙蝠の群れになって散らばり、黒い霧のように俺の真後ろへ向かって飛び去っていく。
「そんなの…ありかよ」
俺の渾身の一撃が、何の抵抗もなく霧散したことに、絶望的な呆然が広がる。
次の行動が何も思い浮かばず、ただ立ち尽くす。
「後ろだっ!」
誰かの叫び声。
だけど、既に覚悟は出来ている。
一矢報いた。俺のような一介の男にしては上出来だ。
ズドォン!
その瞬間、背後に巨大な何かが飛来しぶつかる音。激しい衝撃波が俺の体を前方へ突き飛ばす。
「ったく…うぜぇなぁ。あの原始人め」
砂埃が晴れる。振り返ると、集まりかけていたヴェルメリオは、先ほどと同じように再び頭部を失って、蝙蝠となって傾斜地に向かって黒い雲のように飛び去っていく。
その蝙蝠の雲が散った先に、ヨークスさんがいた。彼が投擲した巨大な石塊で俺を救ってくれたんだ。しかし、その代償として、逆にヨークスさんが狙われている。
夜闇の中、カンテラとともに飛び去る蝙蝠と共に、ヴェルメリオが周囲の空間に留めていた矢が、ヨークスさんに向かって次々と発射される。
この夥しい物量を、人の身ではとても躱す事はできない。
ズガガガガァァン!!
激しい破裂音と赤黒い炎が、ヨークスがいた場所で爆ぜ、粉塵が舞う。
「ヨークスっ!!」
ゼクさんが叫び、彼のもとへ。
「んぬぅ…ふんぐ!!」
立ち込める煙と粉塵を突き破り、信じがたいことに巨大な岩が現れた。彼は、矢が被弾する間際に、人が背負うことすら叶わないような巨大な岩を、片手でめくり上げ、それを盾にして全ての爆発を防ぎきったのだ。
その瞬間、彼の背後に再び蝙蝠の群れが集まる。その群れに向かって、ゼクさんが唸りを上げて大斧を振り下ろして集結点ごと粉砕した。
ヨークスさんは持ち上げた岩を、素早く蝙蝠が集まっていた背後に落とした。カンテラもろともその群れを押しつぶそうとしている。
「やったか!?」
ノエルさんが叫ぶ。俺も喉が渇ききったまま同じ気持ちで見ていた。
しかし、憎らしくも粉砕を免れた蝙蝠は闇に紛れ、上空へと一気に飛び去り、夜空に結集。再びヴェルメリオの形を成した。




