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S-92 「ありがとう。愛してるわ」

バイレスリーヴ領南/隠れベイン・ファラハ/クルーア廃坑外/入口付近【視点:百影(第三分隊隊員)】


 我々は、ライカンスロープが廃坑へ入ったと同時に、奴を廃坑内の仲間とともに挟みうちにすべく、分隊長の合図でその入口へと疾走した。


 しかし、我々の進行を妨げるよう、堂々と立ちはだかったのは、暗緑色の硬い鱗に覆われたリザードマンと、複数のローブを纏った人影だった。


 リザードマン。つい最近まで、彼らの王が《血の間の支配者》に「永遠の命を与えること」と引き換えに、帝国を北から攻めていた彼らは、人間と比較にならない力と毒への耐性を持ち、その硬い鱗は並大抵の刃を通さない、驚異的な防御力を誇る戦闘民族だ。


 我ら百影四番隊は、帝国側の戦力として数えられ、最も激しかった侵攻初期の戦線に投入された。その際、彼らリザードマンの圧倒的かつ野性的な力により、非常に苦戦を強いられ、仲間を何人か失うこととなった。


 だが、その戦闘を経た我々は、対リザードマン戦の経験値を高められている。ここは、ゲアラハ将軍の「対トカゲ戦基本戦術」を念頭に、対処すればよいのだ。


「流石だな、黒き監視団。我々の包囲網に気づいていたとは…。だがあの狼、早く助けにいかなければ死ぬぞ」


 分隊長が、敵の出方を探るように動揺を誘う。


「お前たち…先…潰す」


 リザードマンは分隊長の揺さぶりに応じる気配もなく、激しい殺意を全身に漲らせた。


 彼らにとって、この戦いは同胞「ガラルフ」の弔い合戦だ。我々も一切油断なく、死ぬ気で戦わなければいけない。


「…ガラルフの…仇!」


 リザードマンの身体を、禍々しい赤黒い光が渦巻いていく。


「虚ろなる魂の深淵より、原初の焔を呼び覚まさん。彼のかいなに宿る、刹那なる力の衝動を受け入れよ」


 その人影のローブが魔力の高まりによりはだけ、青白い月光の下にその顔があらわになる。


 その者は、顔半分が赤黒い痣で覆われたまさに魔女といった風貌の女。彼女は我々の視線を拒むように、ローブを目深く被りなおした。


「厄介な補助魔法使いがいる!最優先で奴を沈めろ!」


 分隊長の合図で、俺達はゲアラハ将軍の抜き足走法を使ってリザードマンを回避しつつ、後方の痣の魔術師を狙う。


「意志は固くせど、筋骨は千の剛力を喚び出さん。万の重圧を退け、その打撃に宿る、岩砕の威を解き放て」


 彼女の魔法を受けたリザードマンの身体が赤黒の光を帯びていく。その筋肉が膨張し、まるで岩塊のように見えた。


「虚ろなる魂の深淵より、原初の焔を呼び覚まさん。彼の皮膚に宿る、刹那なる鉄壁の意志を受け入れよ」


 呪文を唱え終わった痣の魔術師は、さらに別の呪文を唱え始めた。たった数瞬で補助魔法の重ね掛けだ。ただでさえ厄介なリザードマンがさらに強化されたら、魔法を持たぬ人間では対処しきれない。


 黒き監視団の構成員は、痣の魔術師を守るような陣形を組み、我々を迎撃する構えをとった。


「意志は固くせど、筋骨は千の鋼を喚び出さん。万の重圧を退け、その全身に宿る、不滅の護を解き放て」


 彼女の魔法で、リザードマンの身体を覆う光に、紫が加わる。


 俺は、目の前に迫った敵の一人の迎撃を、低い姿勢で躱し、そのまま喉首に刃を突き立て処理。痣の魔術師へ足を走らせている。


 二つめの補助呪文の詠唱を許してしまった。これ以上のリザードマン強化はまずいことになる。


「ぐあっ!!!」


 背後から仲間の叫び声。一瞬振り返ると、そこにはリザードマンが振るった巨大な大斧で、肩から腰に掛けて両断された隊員の姿が。


 その攻撃は、隊員が防御のために掲げた片手剣すら容易く砕き、体に至っては、まるでバターを切るかのように、真っ二つに両断。破壊的な一撃だ。


 リザードマンの攻撃の隙に、別の隊員が放った矢は、その硬く魔法により強化されたであろう鱗を傷すらつけることができず、虚しい軽い音を立ててはじかれている。


「虚ろなる魂の深淵より、原初の焔を呼び覚まさん。彼の肢体に宿る、刹那なる光速の躍動を受け入れよ」


 痣の魔術師が三つ目の補助呪文を唱え始めた。


「早く!早く奴を殺せ!手が付けられなくなるぞ!」


 分隊長が焦燥と共に吠える。


 俺は痣の魔術師の前に新たに立ちはだかった敵と対峙した。先に処分した敵よりも隙が無い。だが。


 俺はあえて大きく短剣を振りかぶり、隙を晒す。敵は読みどおりにその隙をめがけて短剣を突き出してきた。


 教科書どおりの動きだ。だが、そんな生真面目な戦い方では俺たち第三分隊には勝てない。


 俺が体を屈めると、背後に控えていた隊員が、俺の肩を足がかりに飛び出し、見事に敵の喉を掻き切った。


 百影の構成員は、その互いの信頼関係から、誰とでも臨機応変に戦うことができる。


「意志は固くせど、筋骨は千の翼を喚び出さん。万の重圧を退け、その足元に宿る、無想の歩を解き放て」


 見事に敵を倒した隊員が、その勢いのまま痣の魔術師に迫り、ナイフによる致死性の刺突を放った。


 その刹那。


 上空から大きな影が、地響きとともに隊員の背後に舞い降りる。


 その隊員は頭頂部から股にかけて真っ二つに両断され、血を迸らせながら崩れ落ちた。舞い降りたのは、大斧を携え、鬼の形相でこちらを睨むリザードマン。


「あなた…ありがとう。愛してるわ」


 痣の魔術師は恍惚の表情を浮かべ、そのリザードマンに寄り添った。


「愛しき…ミセイラ。お前たち…消す」


 俺はその異様な光景に何を見せられているのか。まさかの異種間夫婦。これに対峙するには、俺たちでは無理だ。あらゆる意味で。


 ■ ■ ■


バイレスリーヴ領南/隠れベイン・ファラハ/クルーア廃坑外/付近山頂【視点:常闇の目ノエル】


 廃坑外の戦闘は、半数程度の同胞を失いつつも、幹部らの活躍により、外部に展開していた百影達の全滅という形で、勝利を収めることができた。


 自分程度の実力では、あの戦場に立っていたならば、おそらく同胞達のように百影の一人にも太刀打ちできず、殺されていたかもしれない。


 幹部たちも、待ち伏せを察知し、作戦を変更して奇襲をかけることができたことで、有利に戦えたものの、もし逆に彼らの罠にはまっていたら、今頃無事ではすまなかったかもしれない。


 あとは…廃坑内にどれだけ百影が潜んでいるか…イルが無事に彼らをおびき寄せ、それを迎撃すればいい。


 そう確信した矢先、空気を塗り替えるような血の匂いが、強烈な殺気とともにやってきた。

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