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S-91 「ちょっ!分隊長!」

バイレスリーヴ領南/隠れベイン・ファラハ/クルーア廃坑外/大きな岩が乱立する急傾斜地【視点:百影(第二分隊長補佐)】


 常に沈着冷静な分隊長が、突然「岩場の隙間に巨大な蜘蛛が這い出てきた」と取り乱したように叫び、私たちに攻撃を命じた。


 その指示を受けて一瞬の混乱が生じた時、一人の隊員が静かに倒れた。その頭部は半分が消失していた。


 本当に巨大蜘蛛が居るのか…いったい何が起きたのか理解できなかった。だが攻撃されていることは確か。


 現場指揮官たる分隊長は、蜘蛛の場所を逐次叫び場を混乱させている。その特定に至るまでに10人いた仲間の半数を失った。


 そこで、仲間の頭が弾け飛んだ後に、男の拳ほどの石が、近くの地面に大きな音を立てて穴を開けてめり込んだことに気づいたのだ。


「全員、61!加えて姿勢を低くせよ!」


 私は分隊長補佐として、皆に指示を出すとともに、その穴の状況から、石が飛来する方角を割り出す。


 薄雲から漏れる月明かりを頼りに、向かい側の谷の上を目を凝らして探す。


 そこには、この距離からでも分かる、薄ぼんやりとした月明かりに照らされた手足の長い、異様に巨大な人影が。


 その人影は、地面から何かを拾い上げ、足を振りかぶって勢いよく腕を振った。


「伏せろ!」


 バシュッ…という、肉が弾ける湿った音と共に、隣の岩場から顔を出していた隊員の頭半分が吹き飛び、その場に崩れ込んだ。


 なんてことだ…あの距離から、この闇の中を、敵だけを正確に狙って石を投げている。


「化け物か」


 皆が投石を警戒し、姿を岩場に隠した時、岩の上に登って指揮していた分隊長が、激しく取り乱し始めた。


「そこっ!蜘蛛がいるというのが分からないのか!?」


 分隊長は短剣を抜き、近くにいた隊員に襲いかかってきた。


「ちょっ!分隊長!」


 隊員は対処に戸惑う。


「これは幻妖魔法だ!近くに術者が居るはずだ!」


 そう叫んだ時、自分の影に重なって、長く細い、不気味な人影が背後に伸びてきているのに気が付いた。


 そして、後ろを振り返ったと同時に、首元に痛みが走り、視界が白く薄れていった。

 私が最後に見たのは、青白い鱗が月明かりを反射し、まるで白銀の光を放つような一体のナーガだった。


 ■ ■ ■


バイレスリーヴ領南/隠れベイン・ファラハ/クルーア廃坑外/大きな岩が乱立する急傾斜地【視点:百影(第二分隊伝令)】


「今またひとつ、流れ星となって暗き星が寿命を迎えた」


 岩場の影から現れ、分隊長補佐を音もなく殺害したナーガの手には、精緻な装飾の針が握られていた。そのナーガは、囁くように意味不明なことを呟きながら、二股に分かれた細長い舌をチロチロと出し入れする。


 姿勢を低く保たなければ、投石で頭を狙われる。じっとしていれば、術者に操られた狂った分隊長に殺される。


 そんな中、大小様々な岩が転がる崖の上でのナーガとの対峙は、足場の悪い人間にとって非常に不利だ。


 分隊長補佐が殺された今、部隊の指揮は伝令の俺に移った。


「向かいの谷を16する!まずは投石手を沈める!」


 16とは、攻めに転じること。俺の声に、残った四人の隊員が散り散りとなり、闇に紛れていく。


 しかし、ナーガは、隊員よりも圧倒的に速く、岩場の割れ目を流れる水の如く滑るように移動していった。


 視界の外で、早くも一人の隊員の悲鳴が聞こえる。残念ながら、このままいけば我が分隊は全滅するだろう。


 我々四番隊第二分隊は、人間にとって圧倒的強者の、ライカンスロープの群れが暮らす、クレイガン掃討戦を生き抜いた熟練の戦士が最も多く所属する部隊だ。


 にも関わらず、我々は敵を五人しか倒せていない。


 この戦いは、第二分隊の…いや、百影四番隊の汚名として後世に伝わるだろう。


 ならば…せめて、他の分隊の為に、あの谷の上の厄介な投石手だけでも沈めることができれば。


 俺は、決死の覚悟で、その投石の線上を意識しながら丘を駆け上がった。


 この程度の距離が、これ程長く感じたのはいつぶりだろうか。今回の分隊の失態は、油断と慢心。そして特殊な戦術をとる敵のチームに翻弄されたことに起因する。他の分隊の状況は不明だが、おそらく我が分隊に充てられた敵が最強クラスなのは間違いない。


 息を切らせながら向かいの谷の上にたどり着くと、我々分隊の半数を殺害した投石手が不気味に立ち尽くしていた。


 事前情報では得られていないそいつは、人間だろうが、それにしてはあまりにも大きい。まるで怪人だ。その長い手足は、不気味な枯れ木のように、岩場の地面に深く根を張っているかのようにも見えた。


 分隊の仲間がもう一人、俺の隣に駆け上がってきた。彼の背後からは、地を這う蛇のような不気味な、ナーガが移動する音が迫ってくる。


 もはや俺たちに猶予はない。


 投石手は、こちらに気づき、再び石を拾い上げる。


「往くぞ!」


 俺は死地に飛び込む気持ちで、仲間に声をかけ、大男に向かって全力で疾走した。

 投石手が大きく振りかぶって投げた石は、隕石のような破壊力を以て、弧を描きながら仲間の頭を弾き飛ばした。


(真っすぐ飛んでくるだけじゃないのか!)


「くそがぁっ!!」


 脳髄が飛び散る仲間を横目に、必殺の意志をもって突き進む。巨大な投石手は、投石の反動で隙が生じていた。


(今しかない!)


 俺は投石手の間合いに入り込むと、神経毒を塗りたくったナイフをその長い腕に向かって突き出した。


 しかし…あと一歩のところで体が前に進まなくなり、激しい圧迫感を覚えた。


 まさしく人外の速度。我々人間がいかに体を鍛えようとも、技を鍛えようとも、亜人の実力との差は埋まらないのか。


「今またひとつ、流れ星となって暗き星が寿命を迎えようとしている」


 体に、冷たい白い鱗で覆われた巨大な尾が巻き付いている。俺はナイフをその尾に突き立てようとしたが、しなやかで硬い鱗には全く歯が立たなかった。


 体の締め付けが強くなるに従い、骨が嫌な音を立てて折れていく。死を悟った。

 走馬灯のように、帝国に残してきた家族の記憶が脳裏によみがえる。こうなることを覚悟していた。後悔はない。


「知略の神ミーネルの僕…我ら四番隊に栄光をっ!!」


 ぶち…という、肉と骨の繊維が引き裂かれる音と共に、俺の生涯はここで閉じることになった。


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